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中村健吾さんと小曽根 真さんのロマン [2002.03.19]
「2年目のジンクス」ってホントにありますよね。

 2年目、あるいは2作目に真価を問われるのはスポーツ選手も、あらゆる分野のアートの表現者も同じことだと思う。この人は大きく育つだろうと私が確信をもっているベーシストに中村健吾という人がいる。彼はこの2作目『セイ・ハロー・トゥ・セイ・グッドバイ』で、その壁を音楽への献身でうち破り、また作曲家としては今作がその本格的デビューだといってもいい、7曲のオリジナル曲を書いた。  中村健吾さん自身に、本作のコンセプトを語ってもらおう。

 「今までのぼくはベース・プレーヤーとして、演奏面だけにおいて自分の主張、表現をしてきましたが、作曲することによって自分のメッセージをもっとストレートに伝えられることを発見したのです。そして今回のアルバムでは人を愛すること、人に恋することをテーマにしたロマンチックなアルバムを作りたいと考えました。人を好きになった時にその気持ちをどう伝えられるのだろうと考え、曲によって様々なストーリーが生まれてきたのです。タイトル曲である<セイ・ハロー・トゥ・セイ・グッドバイ>は恋に破れて傷ついた心を自分自身が暖かく包んであげて、その気持ちをいつか乗り越えたとき、人はもっと強くなって前に進むことができるんだという想いを書いたものです。<セレナーデ>は、ギターを弾く青年がいつも見上げる窓辺で毎日花に水をやっている女性に恋をした。彼がギターの音色と共に、自分の想いがいつか届くことを夢見ている情景を曲にしました」

 その<セレナーデ>では、それぞれの演奏家の涙をたたえたような演奏に心を動かされた。ひとつのイメージに縛られる必要はないけれど、ここにある音楽は中村健吾その人に似て、まっすぐで優しい姿をしていた。
 今作ではデビュー・アルバム『ディヴァイン』に引き続き、小曽根 真がプロデュースにあたり、(前作ではサイラス・チェスナットと分けあったが)ピアニストも彼だけだった。そこに前作に続いてロドニー・グリーンのドラム、新にアダム・ロジャースのギター、ミンガス・ビッグ・バンドのリード・トランペッターであるアレックス・シピアーギンのトランペット/フリューゲルホーンが(曲調で編成を変えて)加わった。ピアニストが一人だということが実は花マルで、ロマンティックな曲を弾かせたら誰よりもうまい小曽根さんが、このアルバムのコンセプトにぴったりなのだ。
 小曽根さんこそ、今作には願ってもない適任のプロデューサーでありピアニストだった。小曽根さんが「健吾は演奏するごとに佳くなって、その学ぶ姿勢と吸収する力に目を見張っている」と言えば、中村健吾くんも小曽根さんへの敬愛を次のように語った。
 「小曽根さんに出逢って、そのピアノの素晴らしさはもちろんですが、音楽に対する愛情いっぱいの姿勢、哲学に深い影響を受けました。愛情をもって生き、音楽をすることを実践している小曽根さんから学ぶことの何と多いことでしょうか」  冒頭の<ウォーキン・トゥゲザー>は、小曽根 真のピアノを想定し、中村健吾が出逢えた喜びにあふれて書いたナンバーだ。水を得て自在に泳ぐ魚のようにスウィングする小曽根 真の演奏、それをうれしそうに聴きながらベース・ソロに入る、中村健吾の笑顔が見える演奏になった。
 人生は計画通りにいかないところに起きるドラマだ、と言ったのは誰だったか。ニューヨークに現在住んでいる中村健吾は、2001年9月11日から今作のために作曲に没入する日々を過ごすプランを立てていたが、その日に多発テロ事件が起こり、今までの彼の音楽人生の中で初めて楽器を手にすることも、音楽を聴くこともない1週間を過ごした。が、ジュリアーニ市長の「テロに屈することなく、日常に戻ろう」というスピーチを契機に音楽という日常に戻った中村健吾は、願いをこめて<ホープ>を書いた。アルバムではベース・ソロで演奏されたこの曲、そこでのベースは口数は少なく、その訥々とした語りのなかに中村健吾の当時の深い痛みを感じた。次にこの事件を発端に、戦いが起こるかも知れないという時期に作曲されたのが、緊張をはらんだ曲想の<ホエア・クライシス・スピークス>だった。警告のように鳴り奏されるトランペットにドラムのハイハットが疾走感を加え、ピアノがその意を汲んだコードとソロでいっそうスリルを増しながら、クライマックスへとなだれこむ。そこに中村健吾のベースは、音楽のファウンデーションとして存在していた。
 他に収録された楽曲で、スタンダードについて書いておきましょう。マット・デニスが書いた<エヴリシング・ハップンズ・トゥ・ミー>を小曽根さんとのデュオで。ベース・ソロ<ハッケンサック>はセロニアス・モンクのナンバーだが、中村健吾くんがメンバーになっているウィントン・マルサリスのセプテットで、2001年秋のツアー中にもよくレパートリーに取りあげられた。この曲をソロで演奏できないものかと、中村健吾くんはサウンド・チェック前に会場へ一人早く乗り込み練習を重ね、ここで見事な成果を聴かせた。ソロベースでこんな表現ができるなんて、ちょっとびっくりした。
 アルバムの締めくくりに小曽根さんの美しいピアノの音色と、ベースの暖かく深い音色の二重奏が、聞き手に澄んだ余韻を残す<ア・トリビュート・トゥ・N.J.P>は坂本龍一の曲。80年代半ば、健吾くんがエレクトリック・ベースを弾いていた頃に好きだったナンバーだという。今回の録音にあたって、メロディだけ残してハーモニーはすべて小曽根さんが入れ換えた。リハーモナイズをした訳は、そのまま演奏するのではなく2001年のぼくたちの音楽にしようという、小曽根さんの提案によるという。
 これは中村健吾くんと小曽根 真さん、2人に共通して感じることなのだけれど、彼らは努力を楽しみに変換するスキルをもっているようだ。それがどこから来るのかと目をこらすと、いつもその源には音楽への愛と感謝があるのだった。

 アルバムとは、特にジャズの場合、そのときの音楽のドキュメントをとらえたものだと言える。その意味でも、『セイ・ハロー・トゥ・セイ・グッドバイ』は2001年の中村健吾のドキュメントとして素晴らしい価値をもっている。彼が今後も成長を続けていく道中にあって、このアルバムは彼にとっても聴き手にとっても、同様に忘れられない作品になることでしょう。

 全国をまわる健吾君のツアーが、まもなく始まります。あなたの街のお近くであったら、生で彼の男っぽくてやさしいベースを聴いてみませんか?
 
中村健吾ツアースケジュール>
中村健吾『セイ・ハロー・トゥ・セイ・グッドバイ』

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