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ミュージック・ダイアリー2000
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渡辺 貞雄=ワールド・シティズンX 2 [2000/07/01]

レコーディング中の渡辺貞夫さんとリチャード・ボナ
 ちょっと間があいてしまって、ごめんなさい。梅雨バテしておりました。
 梅雨時はいつも苦手で、上手く仕事が重なるときはNYに長くいるようにしたり、雨や曇りの日も楽しもうと工夫しているのだけれど、体は「いつも無理を聞いているのだから梅雨くらいゆっくりさせて」と取りあわず、脳内ジレンマな6月を送るのが常なのです。
 毎年梅雨のうっとうしさを吹き飛ばしてくれるお気に入りのイヴェント「キリン・ザ・ナイツ」--渡辺貞夫プロデュース--も7月2日からブルーノート東京で始まるし、私のバテバテも、これできっとフェイドアウトすることでしょう。今年は、・ジャッキー・マクリーン(as)とくりひろげる2アルトによるビバップ、・ブラジル音楽、・アフリカン・パーカッションとの共演と、渡辺貞夫の音楽の3本柱ともいえるテーマにそったギグが行われるので、元気をもらいに何度も通いたいと思っている。ブルーノート東京で見かけたら、声をかけてね。
キリン・ザ・ナイツ公演スケジュール
 それにしても渡辺貞夫の今年の新作『SADAO 2000』は、素晴らしかった。そのアルバムを再現するコンサートが、実は既に6月11日、ブルーノート東京で行われたのだけれど、そのギグの温かさ、質の高さ、音楽から溢れ出る優しさが今も忘れられないでいる。貞夫さんのサックスが(8月3日のバッハ演奏会atサントリーホールのため練習が続けられていることもあり)素晴らしく鳴っていて、歌心にあふれ、リチャード・ボナの歌声は澄み切って、彼の故郷であるアフリカの清明な大気を伝えてきた。
 リチャード・ボナは、西アフリカ、カメルーン出身の32才になるベーシスト、シンガー、パーカッショニストand作詞・作曲家だ。カメルーン--パリ--NYと駒を進めて、今やNYにあってもファースト・コールのミュージシャンとして、揺るぎない独自性を打ち出している。そのボナが言っていた。「サダオと一緒にアルバムを作れ、同じステージに立てるなんて、夢なら醒めないでほしいんだ。サダオには、大きな影響を受けてきた。その感謝が、少しでも音になることを願って臨んだんだ」
 それはどういう訳なのか。もうすこし詳しくボナの話を聞いてみよう。 「ぼくはカメルーンの9世帯しかない小さな村に生まれ、幼い頃から打楽器奏者だった祖父と一緒に、結婚式や行事によばれては村々をまわって演奏してきた、ギャラは山羊!カメルーンのの首都、ドゥアラに国で初めてのジャズクラブを作ろうと思い立ったフランス人の男が、その頃にはギターの腕でちょっとは知られるようになっていたぼくを自宅に招いて、その膨大なジャズLPのコレクションを開放した。『ジャコ・パストリアス』というタイトルのベーシストのデビュー作に魅せられて、初めてベースを借りると、そこに収められていた〈ドナ・リー〉をコピーした。そのジャコが天才で、それが難曲だとはつゆほども知らなかった。そしてもう一人、ぼくに大きな影響を与えた人がいる。それがサダオ・ワタナベなんだ。彼のような歌心のある音楽がジャズと呼ばれるなら、自分もジャズをやっていこうと思った」
 NYに出てきたボナはその肉体から生まれる躍動で、時を待たずに知られるようになり、ジャコも在籍した名グループ、ウェザーリポートを作ったジョー・ザビヌルのグループにベーシストとして迎えられた。そして発表したデビュー作『シーンズ・フロム・マイ・ライフ』(SME)を聴き、ベースプレイばかりか彼の歌声にも魅せられた渡辺貞夫から電話が入った。
 ボナは、彼がどれほど自分にとって大きな存在であるかを話し、アフリカには渡辺貞夫の楽曲しかプレイしないサックス奏者がいることを話した。それを聞き、またレコーディングに参加してもらって、貞夫さんはとても嬉しかったという。1970年代の初めに、アフリカ音楽を広く日本に紹介したのは貞夫さんだ。それがアフリカでも彼の音楽が、深く浸透して影響を与えていたのだ。嬉しくないはずがない。貞夫さんが、録音後にこんな風に話してくれた。
 「リチャード・ボナというミュージシャンとの幸運な出逢いが、ぼくのアフリカへの想いを、やっと音楽化することを可能にした。今までは、アフリカの気分が欲しいといくらぼくが望んでも、分かちあえるミュージシャンがいなかったからね。夢がまたひとつ、これで叶ったよ」
 その時の貞夫さんのとびきりの大きな笑顔は、6.11のステージで見たのと同じ輝きをもっていた。  渡辺貞夫とボナに共通するのは、2人ともとても明るい人柄で、音楽が何よりも好きだということ。音楽的なことでいえば、2人ともアフリカのアーシーな香りと、洗練された感性をもちあわせていること。この地球をそのまま故郷だと思える、ワールド・シティズンであること。そして細かなジャンルの枠組みを超えて、音楽を音楽として捉えていることだ。
 貞夫さんは、6.11のギグの後「このままボナとおしまいにするのは寂しいので、また必ず一緒にステージをやりたい」と話してくれた。そ、それならどんなにか私も嬉しい!
 6.11を聴き逃した方は、アルバム『SADAO 2000』を聴いていただくか、7.2からの「キリン・ザ・ナイツ」に行きましょう。そしてまだ確定していないけれど、音楽的に相思相愛の2人、2000年のクリスマスには、もう一度共演があるかもしれないという話もある。これはぜひ実現させてほしいので、今からサンタさんに頼もうと思っている。
romantically helpless 渡辺貞夫 「SADAO 2000」
POLYDOR
POCJ-1480
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