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クルト・ワイルが楽しかったなんて
ディー・ディー・ブリッジウォーターの新作発表
 [2002.04.19]
ディー・ディー・ブリッジウォーター
『ディス・イズ・ニュー〜クルト・ワイル・ソングブック』


ユニバーサル クラシックス&ジャズ
UCCV-1025
2002/04/24発売
 ディー・ディー・ブリッジウォーターは、ジャズ界はもとより、ブロードウェイのミュージカルで名を高め、エミー賞を受賞したこともある真のエンターテイナーだ。その彼女の新作『ディス・イズ・ニュー』はクルト・ワイル作品集で、これが驚くほど粋でスウィングするアルバムだった。でもなぜディー・ディーがクルト・ワイルを?

 ドイツ生まれの作曲家、ワイルの名を一躍有名にしたのは28年、詩人・劇作家のベルトールト・ブレヒトとのコンビによる最初の作品「三文オペラ」だった。センセーショナルな話題を巻き起こしたこのオペラは、ヨーロッパにとどまらずアメリカでも上演され成功を収めた。そのワイルはユダヤ人であったために、35年ナチスの迫害を逃れて、パリ経由でアメリカへ亡命したのだった。そういった経歴を歌い手がそのソングに加えて扱うからだろうか。クルト・ワイルを歌う歌手は、いつも闇から声を発するように暗くシニカルで、およそ愉しさとは無縁だった。近年、ドイツ生まれで今はブロードウェイでも活躍するウテ・レンパーや、ポップス界からマリアンヌ・フェイスフルがワイル歌いの仲間入りをし、ワイルのソングのイメージもかなり広がった感があるけれど、それにしてもこのワイル集は一味も二味も違う。ディー・ディー・ブリッジウォーターの歌唱力、明るさがあってのことだったけれど、クルト・ワイルが実はもっていた光の面が初めてスポットライトを浴びて、新鮮な煌めきを放っていたのだ。
 ディー・ディーが近年トリビュート作に力を注いできたことはよく知られているが、エリントン集(96年)やホレス・シルヴァー作品集(94年)も、彼女に2つのグラミー賞をもたらしたエラ・フィッツジェラルドのレパートリー集「ディア・エラ」(97年)も、今作のような意外性は伴っていなかった。そしてジャズとはいえないワイルのソングを題材にしながら、彼女はどこまでもディー・ディー・ブリッジウォーターとして、今まで以上のスウィングとジャズの喜びを伝えてきた。
 パリに滞在しているディー・ディーご本人に電話を入れた。フランス人の夫との間に出来た息子にアメリカも知ってもらいたいと今はアメリカに住んでいるけれど、フランスの方がアフリカ系で女性である彼女には創作活動がしやすく、レコーディングもわざわざパリでしたのだと、弾む声で言った。そしてワイル集を作ったきっかけを、次のように話してくれた。
 「百聞は一見にしかずというけれど、歌って聴くのと歌うのでは随分印象が違うのよ。その最たるものがクルト・ワイルの楽曲だったわ。ある有能な演出家がポーランドのコンサートに招いてくれて、ワイルのソングを歌ったの。歌ってみたら、豊かで深いエモーションがあって、ワイルの歌に感動し魅了されてしまったの。それからワイルを歌うというアイディアを熟成させて、この新作の制作にとりかかったときに、なんとか明るいものにしようと、35年のアメリカ亡命以降の作品に焦点をあてることにした。ね、とっても愉しいでしょ?そればかりかロマンティックで官能的で、ユーモラスですらある。私は50歳の命をNYで閉じた彼のアメリカ時代が幸せだったと思うの。思いたいの」
 ディー・ディーはため息をひとつつくと、収録した楽曲について話してくれた。その話をまとめて書くと、まず収録されたのは、ワイルがミュージカル「レイディ・イン・ザ・ダーク」(41年)のために書いた<ディス・イズ・ニュー>、<マイ・シップ>と<ザ・サーガ・オブ・ジェニー>だ。美しい歌詞はアイラ・ガーシュウィンが書いたもので、ガートルート・ローレンス、ダニー・ケイが主演してブロードウェイで500回近く上演されたヒット・ミュージカルからのナンバーだ。ジンジャー・ロジャース主演で、44年に映画化されたことでも知られている。心理分析をテーマにした物語で、まるで現代の話のようだ。<マイ・シップ>はジャズでもおなじみだけれど、恋人が舟に乗ってやってきたらと願うヒロインが夢の場面で歌う歌だ。38年のミュージカル「ニッカー・ポッカー・ホリディ」からは、主演のウォルター・ヒューストンが歌いヒットさせた<セプテンバー・ソング>が取り上げられている。人生の秋、9月の美しさを歌うディー・ディーの歌唱力が素晴らしい。
 そして「ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス」は43年から560回以上も上演されたミュージカルだ。ヴィーナスの像が生命を与えられ恋をし、夢がかない人間になるが、普通の主婦におさまったら退屈で、結局オリンポスの山々へ戻ってしまうという面白い話。48年にエヴァ・ガードナーが主演で映画にもなっている。このアルバムでは、幕切れ場面でヴィーナスに去られた夫が歌う<スピーク・ロウ>と、人間になったばかりのヴィーナスが歌う<アイム・ストレンジャー・ヒア・マイセルフ>の2曲が取り上げられている。

 ディー・ディーは声を落としてこうも言った。
 「ワイルのアメリカ時代に加えて、どうしても歌いたかったドイツ時代の2曲は例外として歌ったわ」
 その2曲とはブレヒト/ワイルで書かれたオペラ(30年初演)「マハゴニー市の興亡」からの<アラバマ・ソング>と、日本のファンのために特に加えられた<マック・ザ・ナイフ>だった。まず<アラバマ・ソング>の方は、金だけに価値がある架空の街、マハゴニーに商売にやってくる娼婦たちが歌う曲だ。
 そしてご存知<マック・ザ・ナイフ>は28年にドイツで初演された「三文オペラ」の最もポピュラーな歌だ。<モリタート(殺人物語大道歌)>とも呼ばれるこの曲は、主人公メッキー・メッサーがどれだけ悪いかを歌ったものだが、実は劇中ではこの男、歌詞のような殺人鬼ではなくて、ハッタリで歌っているというオチがついている。ディック・ハイマン・トリオのヒット、59年にはボビー・ダーリンが歌ってミリオン・セラーになった。ディー・ディーにとっては「ディア・エラ」で録音をした経緯があるので、ボーナス&シークレット・トラックとして収録したという。
 他にもフランス語で歌われる<ユーカリ>といった曲も収められており、筆者には書かれた時期が不明だが、ワイルはドイツからまず身を寄せたパリでいくつかソングを残しているので、そのひとつではないかと思っている。
ディーディー・ブリッジウォーターとのプライベート・ショット。
 ディー・ディーはこの『ディス・イズ・ニュー』のために前夫であるセシル・ブリッジウォーターに編曲を委ねた。この見事なジャズ語で書かれたアレンジが、彼女とクルト・ワイルを結びつける強力な接着剤になった。オルガンの入った<ディス・イズ・ニュー>なんて、とても今の気分なのだ。
 一つひとつの物語に表情を加えたミュージシャンは「誰もが欠かせない人だった」とディー・ディーが振り返った。
 「特にテナーのような男っぽい音色がするアントニオ・ハートのアルトが大好きでね。録音しているパリまで、アメリカから飛んできてもらったわ。それにタンゴには欠かせない最高のバンドネオン奏者、モサリーニの演奏のすごさには、女心をわし掴みにされた。アルゼンチンから彼が参加してくれたことで、音楽にワールド・ミュージックのニュアンスが添えられた。その点もうれしいの」
 そしてすべてのクルト・ワイルのソングに生命を与え、艶を加え、現代性をもたせたのは他ならぬディー・ディー・ブリッジウォーターだった。ワイルの音楽にドイツのユダヤ人という悲劇的な宿命を重ねて聴きがちな私たちが、今作でワイルの風刺がきいたユーモアやロマンティックな面を楽しめるのは、彼女のエンターテインメントがあるからだった。といっても、彼の書く旋律、題材とする物語にはいつも一滴の毒が秘されているのであって、それがその音楽を一層美しくするのだ。

 光の面にスポットライトを当てたことで、ふとした瞬間に余計濃く見える影を凝視したこともあった。その影とアメリカでアフリカ系の人々がおった負がひとつに重なり、そこからディー・ディーがワイルを歌う「容易さ」が見えてくる。彼女が最後に、すてきな微笑で言った。
 「どうしてかしら。21世紀に入って様々な国で混迷がより深まっているでしょう。皆一人ひとりがとっても大変な時期を過ごしているという気がするの。だからこのアルバムを聴いて、少しでも元気を出してもらえたらうれしいわ。今私がこのワイルのソングブックをどれほどステージにかけたいと思っているか。来日公演でぜひお目にかかりたいって、日本のみなさんに伝えてね」

 闇をぬけた明るさは、ディー・ディー自身も発散しているものだ。その明るさとワイルの意外な一面とのブレンドを楽しみながら、ちょっと大人の気分を味わってみてはいかがでしょう。ヨーロッパとアメリカの黄金率のエスプリが聴こえてくるはずだから。

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