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人気演歌歌手の氷川きよしが9月6日、武道館でデビュー5周年と誕生日を祝うコンサートを開いた。
「見ておいた方がいいよ。きっと気に入るから」。
毎日新聞の川崎浩さんのそんな声に背中を押され、競争率の高いチケットをとっていただき、行って来ました武道館。
実は、氷川きよしのライヴに行くのは初めてではない。川崎さんが毎日新聞紙上で連載していた「演歌解剖学」のトーク・ショーに彼が出演した2000年の秋に、歌も聴いている。そのとき彼の「まっすぐな歌声」が強く印象に残っていたので(各地から馳せ参じていた追っかけおばさまたちの存在も、目新しかった!)、5年後の彼を聴きたいと思ったのだ。

ちなみにそのデビューした年のトーク・ショーの観客は、120名だった。
当日27才になった彼を祝おうと、武道館に詰めかけたファンは1万2千人。5年前の100倍だ!
超満員の会場は女性客の熱気でヒートアップしていたが、親子3世代で見に来ている観客や、おばあさんにつきそう十代の孫といった他のコンサートでは見られない姿もあって、氷川きよしが演歌アイドルにとどまらず、世代をつなぐ「ツール」としても機能していることを目の当たりにした。
その観客の声援に応え続けた彼の歌、ステージがまた立派なものだった。
舞台は会場中央にあり、360度観客から見えるというもの。背中から見ても、しゃんとしていて、歌にスキがない。
せり上がりから登場した「青龍」での熱唱(このときは星の王子様ルック)。黄色のジャケットの小公子ルックに着替えて歌った、「星空の秋子」「純子の港町」といった女性の名前シリーズでは、観客のかけ声と一体になったコール&リスポンスが、場を盛り上げた。
最新アルバム『演歌名曲コレクション4 番場の忠太郎』にも収められていた「高原列車は行く」「東京の花売り娘」といった昭和歌謡も、明るさを基調にあり、どこかに夢が感じられる曲が選曲されているものだから、聴いていると段々元気が出てきた。
「骨まで愛して」も、女殺しが斜に構えて歌うイメージがあるのだけれど、彼の場合はマジに女性の立場から歌っている、「真剣に好き」な歌になっていて好もしかった。「傷つき、汚れた私でも愛して」という歌詞の部分があるが、こういう歌詞を汚れていそうな人に歌われたらかなわない。彼の場合は清潔さがにじみ出ているから、この歌詞がきいてくる。フェロモンを感じさせずに(ほめている)「骨まで愛して」を歌えるなんて、大したものだ。
こういった昭和の名曲コーナーでも”きよし君”はまなじりを決し、まっすぐ前を見て、遠くまで届く声で1曲1曲を丁寧に真剣に歌っていく。
その氷川きよしの一生懸命さが、ステージが進むにつれて、聴く者を右肩上がりに昂揚させていった。確かに歌も上手い。でもこの感動の伝播は、テクニックゆえではなく、心が心を動かしていくと種のもので、彼の全身全霊のひたむきさがなせる技なのだった。
こういった若手のシンガーが今他にいるだろうか。歌の世界を「純愛」に染めてしまう、そのたくまざる技。
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誰かにその技が似ていると思ったら、ヨン様だった。
共通項は、純愛である。「純愛」があるところ、女たちは日頃閉じがちな心を開いて、その俳優/歌手を受け入れるが、「純愛」を感じさせるか否かは、ストーリーよりその本人の資質によると思われるから難しい。スターが手に届く今の時代は、彼らはもう疑似恋愛の対象にはなりえない。ならば、純愛の気分を味合わせて欲しい、といったところだろうか。
純愛を体現するには、フェロモンはかえって邪魔だ。代わりに「清潔さ」と「謙虚さ」が不可欠になる。それが氷川きよしにはあるのだ。

それに、もうひとつ。
私はかってコンサートで、アーティストに今回ほど「お礼」を言われたことがない。彼は何度も、何度も、心をこめて「ありがとうございます」と言った。東を向いて言い、南を向いて言い、3階席に向かって言った。そこに媚びはなかった。言われているうちに、良い気持ちになってきた。
そんなに喜んでくれるなら、応援しちゃう!という気分にこちらをさせるのだ。この「感謝の気持ち」が、彼のステージと音楽活動を支えている支柱なのだった。
考えてみると、J-Popsには、私が、私が、という自己主張の歌ばかり溢れている。
聴いていて、「それで何なの?」と私は、しょっちゅうつっこんでいる。物語も、気持ちも、ジコチュウっぽくて一人の世界から出ることはなく、聴き手の方に向かって開かれていない。
それが氷川きよしの歌は違う。態度としての「感謝」もあるが、歌に「物語」あり、「相手」がある。それが「演歌」の強みなのだろう。
そう、このコンサートで、唯一こなかったパートがあったが、それがKIYOSHIとしてJ-Popsを歌った「Ever Green」と「人生号 Jinsei-GO!」だった。歌のスタイルが決まってしまい、それまでステージを満たしていた「自由」な風が、かき消えてしまった。
それが、また演歌・昭和歌謡を歌うとたちどころに武道館に戻ってきた。
袴姿で登場した「番場の忠太郎」の、りりしかったこと。
武道館だから真上天井に日の丸が掲げられていたので、オリンピックで日本の選手の活躍を見たときと同じ、一人の日本人としての感動がまた返ってきた。半次郎の物語に、その舞台は、ぴったりだった。そして、アンコールで歌った「箱根八里の半次郎」は、彼の歌がもつ心意気をダイレクトに伝えてきた。
そのとき、大向こうから「日本一!」の声がかかった。若い男性の声だった。氷川きよしが言った。
「演歌を歌ってきてよかったなぁと思います。これからも一生懸命、歌っていきます」「こんなに喜んでもらえて、皆さんと血がつながっている感じがします」。
その”皆さん”は、彼が涙を見せるまで、拍手を止めなかった。あまりに拍手が止まないので、とうとう彼もこらえきれなかったようだった。
武道館の真ん中に立ち、目を赤くしているこの歌手が、尊いものに思えた。観客との心のやりとりを、素晴らしいと思った。
コンサートが終了してから、半蔵門駅に行くまでの混雑が、ただごとではなかったが、そこでも観客は「ありがとう」「すみません」と言葉を交わしていた。それが「氷川きよし効果」であることは、皆が知っていた。
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▼コンサートが始まる前の武道館。興奮の前の静けさ。
▲氷川きよしくんを染め抜いたキモノを着ているご婦人。
▲終了後も武道館のまわりはあたたかな興奮が。
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