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モサリーニのタンゴ [2004.10.26]
 今日は、タンゴの話し。
 タンゴは19世紀末に、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで生まれた。当時、南米屈指の貿易港だったブエノスアイレスのなかでも、船員や娼婦がたむろする場末で発生した踊りと音楽をタンゴと呼ぶ。
 今でもタンゴに死を夢想させるほどの、極限の快楽の匂いが立ちこめているのは、成り立ちがそうさせるためだ。
 タンゴは、1920年代半ばと第2次大戦前にヨーロッパで大ブームを巻き起こしたから、エクスタシーや無頼感がぐっと薄まった、ヨーロッパ製のいわゆるコンチネンタル・タンゴも派生した。が、真のタンゴには惚れた男女が手に手を取って駆け落ちしたくなるような、そんな誘惑がなくては嘘である。だから、タンゴは本家アルゼンチンのものに限るのだ。

 ただ、70年代にタンゴの新しい潮流が起こったのは、祖国ではなくパリでだった。軍事政権下にあったアルゼンチンから逃れてきた音楽家が、多く住んでいたからである。
 改革の立て役者であるアストル・ピアソラは、ヨーロッパで異ジャンルの音楽家と果敢に共演し、モダン・タンゴの名曲を数多く残した。77年にフランスに亡命したファン・ホセ・モサリーニも、演奏活動とともに教育活動を行い、ピアソラ亡き後その後任を自負し、モダン・タンゴを世界に広めてきた。そのモサリーニが、この12月に7度目の来日を果たす。

 ファン・ホセ・モサリーニは、ピアソラのカリスマに比べると、繊細な表現に秀でた、職人肌のバンドネオン奏者/作曲家だ。とはいえ、決しておとなしいわけではなく、緊張感をもった演奏は圧巻で、彼のコンサートに張りつめる濃密な気は、他のコンサートでは味わえないものだ。
 43年に生まれ、60年代は祖国の様々な楽団で伝統を学び、77年にパリに渡ってからはオーケストラのソリストに映画音楽と、より自由な音楽活動を行ってきたモサリーニだ。モダン・タンゴを聴くなら、今はこの人しかいないのである。
フアン・ホセ・モサリーニ
『ベスト・オブ・ファン・モサリーニ〜タンゴの新しい世界〜』

クレプスキュール・オ・ジャポン
CAC-0018
1995/09/25発売
モサリーニのバンドネオンに、ピアソラのヴァイオリニストでもあった、アントニオ・アグリが絡む冒頭の組曲「水辺の男」が素晴らしい。その研ぎ澄まされた美に、息を呑む。95年制作だけれど、モサリーニを知るには本作が最適だ。
(クレプスキュール・オ・ジャポンより発売中)
※権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
 彼に、アルゼンチンとタンゴの現状を聞いた。
 「一年前に誕生した新政権が、嘘で固めた政治をやめようと努力していますが、アメリカに負った多大な債務、失業率20%という厳しい状況は変わりません。しかしアルゼンチンの人々は、貧しい生活を強いられているにも関わらず、自らのアイデンティティに目覚め始めたようなのです。
 そしてアルゼンチン文化のリバイバルと呼べる動きが、起こっています。新たな音楽家、作家、映画監督が台頭し、ラジオからはタンゴが流れ続けているのです。タンゴの活動もブエノス・アイレス市立劇場など様々な組織によってサポートされ、無料コンサートが行われ、新たな才能が育ち始めています」
 こういった現状を反映してか、モサリーニが今回の来日に伴うのは、名手アントニオ・アグリの息子であるパブロ(ヴァイオリン)をはじめ、若手の精鋭ばかり。彼らがもちこむであろうパッションが、ステージをより熱くさせることは想像に難くない。ファン・ホセ・モサリーニが言った。
 「音楽とともに生きていくこと。それが私の人生の目標です。設立した出版社を場として使い、タンゴ・リバイバルを一層広め、新しい才能を育てていきたいのです」  その一環として、今回の来日は力の入ったコンサートになるだろう。  もちろん、手に手を取りあえるカップルで行くことを、お勧めしたい。危ない夜に、なるかもしれないけれど。
モサリーニ タンゴ五重奏団 来日情報 >>
日時:
2004.12.2 (木)
開場 18:30 開演 19:00
場所:
東京オペラシティー
コンサートホール(初台)
お問合せ:
カンバセーション 03-5280-9996
日時:
2004.12.3(金)
開場 18:00 開演 19:00
場所:
王子ホール(銀座)
お問合せ:
王子ホールチケットセンター
03-3567-9990
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