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昨日パリから帰ってきた人から、今月11月に行われたジュリエット・グレコのアンコール公演が、ひたすら素晴らしかったと聞いた。そうだろう、そうだろう。私も行きたかったなぁ。パリ中がマダム・グレコに、再び恋をしているのだ。その熱狂を、この目で見たかった。
彼女が「サンジェルマン・デ・プレのミューズ」と呼ばれてから、もう半世紀以上が過ぎたけれど、哲学者のサルトルや、ジャン・コクトーが讃えた彼女の自由な精神は、今も健在だ。
パリに行けなかった私が、それでもあまり悔しくないのは、10月23日、渋谷Bunkamura、オーチャードホールでジュリエット・グレコ、2年ぶりの来日コンサートを見たばかりだから。今日はその模様をお知らせしたい。
黒のドレス、宝石はナシ(「心が宝石、歌詞が宝石だからキラキラ光る石はいらない」と語るマダム・グレコは宝石を身につけない)という衣装はこの半世紀、変わることがない。そして彼女の音楽活動を貫く、自由への希求もまた不変だった。
だけれども、今回のコンサートでは、彼女の人生に対する肯定的なとらえかたがより鮮明に表現されていた。それが、素晴らしかった。失った恋の歌にも、恋をしたこと自体への喜びが添えられていた。明るさやユーモアのある曲も多く、そんなナンバーでは喜びを全身で伝えてきた。
以前より瑞々しい歌声が、77歳という年齢をただの記号に変えてしまい、「現在」を生き続けるグレコの存在を強く印象づけた。 フランス屈指の若手ソング・ライターたちが彼女への敬愛をこめて書いた新作「愛し合いなさい、さもなければ消えてしまいなさい...」が、母国フランスで大ヒット。日本でも大きな反響を呼んでいる昨今だ。その新作からのナンバーを盛りこみ、新たな境地を聴かせ、日本のファンになじみ深い往年のシャンソンも、彼女は今起こっている物語として歌った。
例えばオープニングを飾った「長椅子の下で遊んでいた」に、のっけからノックアウトされた。この曲は、新作からの1曲でジェラール・マンセル作詞・作曲だが、グレコは「この歌を聴いたときマンセルは子供のときの私を知っていると思った」と語った。そこで歌われる長椅子の下で彼女が見つけたもの、そして彼女が口にする「互いに愛しなさい、さもなければ消えてしまいなさい」という思いは、コンサートの間中消えることはなかった。
「今の私が歌う歌ではないかもしれませんけれどね」と前置きをして始めた「脱がせてちょうだい」のコケティッシュさ。シャルル・ゲンズブールが書いた「アコーディオン」で、黒いドレスを上下に舞った白い指の誘惑。また彼女がパリを歌うと、聴き手は残らずパリに恋をした。
ジュリエット・グレコが両の手を空にむかって広げるとき、歌が大きな翼をもち、自由が広がった。私たち観客は、その翼にのって飛ぶことができた。あぁ、なんて気持ちがいいんだろう。
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