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パット・メセニー・グループ、21 世紀への提言 [2005.01.05]
パット・メセニー・グループ
『ザ・ウェイ・アップ』
ワーナーミュージック・ジャパン
WPCR−12015
2005/02/09発売
※権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
2005年最初のダイアリーは、パット・メセニー・グループの新作について書こうと思います。2月初頭に発売になるので、少しフライング気味だが、4月の日本ツアーが既に完売した。(追加公演があると、いいですね。)音を待っている聴き手の顔が見えるようなので、一足先にパットのことばをお伝えしたい。
私にとってもパットについて書くことは、お書き初めのようなもので、新年にふさわしく、気持ちが引き締まる思いがする。

1曲
パット・メセニー・グループの新作が届いた。メセニー・グループ(以下PMGと略す)3年ぶりの作品であり、ノンサッチ・レーベルへの移籍第1弾となるこの『ザ・ウェイ・アップ』は、彼らの今までの音楽をすべて統括した内容で、圧倒的なサウンドと作風、かつ美しいディテールから成り立っていた。それも、1曲だけの収録である。1曲68分10秒、日本に向けたボーナス・トラックも、通例になっている1曲足すという形をとらず、手間を惜しまず細部にサウンドを加え72分にして作品にするという、異例の措置がとられた。

この作品にある途切れることのないうねり、川の流れのように様々な風景を映しながら、聴き手を乗せてウェイ・アップへと進むこの作品は、シンフォニックなサウンド作りで定評のあるPMGにとっても初めての試みであり、現代の音楽シーンを見回しても他に例がないものだ。

2004年12月、パット・メセニーが急遽プロモーション来日した機会を捉え、本作について語ってもらった。

「『ザ・ウェイ・アップ』は、グループがついに作ることができた1アルバムにたった1曲を収めた、グループの過去と未来をつなぐ作品だ。まず言っておきたいのは、これは組曲ではないということだ。便宜上CDでは4パートに分かれているように見えるかもしれないが、最初から最後まであくまで1曲なんだ。ぼくの今までのアルバムにも、『シークレット・ストーリー』(92年)や『イマジナリー・デイ』(97年)といった1枚の作品が1つの主題を提示し、1つのストーリーをつづっているものがあったけれど、本作はそれとも組曲とも異なることをリスナーに知っていてもらいたい。
1曲で作品を完結させるというプランは、意外に思うかもしれないが、デビュー当初から考えていた。ジャズという枠、例えばクァルテットという編成で演奏していても、ぼくはいつもその枠を超えることに心を砕いてきた。だが今までは、作曲面での力がアイデアに及ばず、今やっと作ることができた。セクションだけをみれば、今作が〈フェイズ・ダンス〉〈思い出のサン・ロレンツォ〉(両78年)と構造的につながっていることが解ってもらえるだろう。また〈コインシデンス〉や〈サード・ウィンド〉といった曲は、ライヴにかければ1曲15分ほどになる。そういった音楽の線上にある、ぼくたちの努力の自然な発展形が、この〈ザ・ウェイ・アップ〉という曲なんだ」


パットのことばは常に明晰だが、今回ほど彼の自作品に対する強い意志を感じたことはない。まなじりを結して話す彼のことばは、本作と同じように途切れることがなく続き、私はひたすら耳を傾けた。

「それを解ってもらった上で言うんだが、このアルバムは一種のプロテスト・ミュージックなんだ。何に対してのプロテストか。今世界はより狭く、小さくなり、細部を気にする余裕もなく大ざっぱに物事を処理する方向に向かっている。その現状に対してもっと長い目をもとう、もっとディテールを、もっと統括的な音楽を、という提案をしたかったんだ。以前は本来8分ある曲を、4分に縮めなくてはいけないというプレッシャーに悩まされていたけれど、今はその時代が懐かしいほどだ。現時点では、携帯の着信音に代表される、たった2小節が音楽のゴールになっているのだから。それでいいのだろうか。ぼくたちは、もっと長い形でぼくたちの音楽的アイデアをサウンド化したいと考えた」

パットは朋友ライル・メイズと2人で、座り、3日間話し合った。何をすべきか。何ができるか。

PMGの前作を引っさげて世界をまわった「スピーキング・オブ・ナウ・ツアー」終了直後、2003年末のことだった。彼ら2人が共作をする場合、役割分担は一切ない。2人が渾然一体となって、ひとつの頭脳、ひとつの感性となって書き進めていくのだ。『ウォーターカラーズ』(77年)からこのかた、パットのかけがいのない共演者/共作者であるライル・メイズとの関係を、パットは次のような比喩を使って語った。

「ぼくたち2人はいつもは物理的にも、カルチャーとしても別の場所に生きている。別の島に住んでいるようなものだ。でも一端海の水が引けば、つながっている、そんな不即不離の関係が続いてきた。今回ほど満足のいく、楽しい作曲作業は今までにもなかったと思う。アイデアが溢れてきて、2人とも詰まることがなかった。どちらがどこを書いたか、分けることはまったくできず、自分でも判別がつかない」
過去の関連記事
パット・メセニーについては以下も参照ください。
パット・メセニー(g、g.syn)、ライル・メイズ(p、kyd)、スティーヴ・ロドビー(b、cello)。この3人を核とするPMGはスタジオに入った。前作から起用されたベトナム出身のクオン・ヴー(tp、vo)、メキシコ出身のアントニオ・サンチェス(ds)も一緒だった。当初から1年間という期限付きで参加したリチャード・ボナ(b、per、g 、etc.)は、今作のレコーディングのごく初期を見ただけで、約束通りグループを去った。

一気盛んにアルバムを作り上げるPMGにとっては異例のことだったが、パットの他のプロジェクトのためにレコーディングが中断された。カサンドラ・ウィルソンと対バンでステージに立ったある夜、パットはPMGと今作に寄与する才能を発見した。ハーモニカ奏者のグレゴリー・マレットである。
1975年スイス、ジュネーブでスイス人の父とアフリカ系アメリカ人の母の間に生まれたグレゴリー・マレットは、17歳でハーモニカを始め、「他のハーモニカ奏者を聴くより、マイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックのフレーズを学び、演奏スタイルを作ってきた」と語る今注目のミュージシャンである。03年にカサンドラ・ウィルソンの来日ブルーノート・ツアーに参加したから、実際に聴いた人もいると思うが、即興演奏が素晴らしく、その現代音楽的なアプローチでカサンドラの歌にイノヴェイティヴな輝きを添えていた。パットも言った。

「ぼくもグレゴリーから目が離せなかった。彼の進取の気概に富んだプレイが、今作が欲していたサウンドをもたらすことは確実だった。それに前作から参加しているクオン・ヴーのユニークなヴォイスとトランペット、今や彼なくしては考えられないアントニオ・サンチェスのインパクトあるドラム、それに不動のメンバー3人が揃えば完璧だと思えた」
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