今日は
ケヴィン・レトーが作った、ブラジリアン・フレイヴァーの、スタンダード集の話をしますね。
ケヴィン・レトーはナチュラルで素直な歌唱と、女性らしい柔らかなテクスチャーに特徴があるシンガーで、親しみやすく、聴き手の日常に容易にとけこむ歌を歌う人です。
人は勝手なもので、いつもレディ・デイやエラ、サラだけ聴いていれば満足だというものでもありません。ケヴィンのような、聴く人をリラックスさせ、フッと軽くしてくれる歌も当然必要なのです。
でも、だからといって、ケヴィン・レトーがフツーの人/シンガーだというわけではありません。
彼女にとって初めてのスタンダード・ナンバー集である『バイ・バイ・ブラックバード』を聴き、畏敬をもって感じたことなのですが、彼女のもっているフレッシュさは、とてもフツーとはいえない、unusualなものでした。
デビューして3、4年なら、フレッシュで当たり前。でもケヴィン・レトーは1960年アメリカ、ボストン生まれですから、40歳代半ばになるわけです。女性に年齢の話は失礼で、私ならムクレルところですが、彼女の特質を語るには欠かせないことなので続けます。ジャズ・シンガーとしてはまだまだこれからが楽しみという年齢ではあるものの、ケヴィンがジャズ・グループで歌い始め、セルジオ・メンデスのグループに起用されたのが24歳のときのことですから、プロとして認知されてから20年以上のキャリアがあるわけです。
20年も経つと普通歌にも脂肪がついてきて、若い頃にはまだ目立たない「歌い癖」といったものが自信とともに顔をだすものです。歌の中年太りでしょうか。
でも彼女の場合は「歌の中年太り」とは無縁で、ever greenというか、歌に吹きこまれているエネルギーが若々しいのですね。
そのフレッシュさを感じさせる源を、「幸福感」と呼んでもいいかもしれません。
ケヴィン・レトーの歌は、色でいえばパステル調。ベイビー・ピンクやレモン・イエロー、スカイ・ブルーといった春の庭園で見られる色をしています。
ご主人、マイケル・シャピロが今作でもプロデュースにあたり、ドラムスを担当。初期から共演を続けてきたブラジルの、尊敬すべきミュージシャン、ドリ・カイミがアレンジ/ギターを担うなど、彼女を深く知ったうえで愛してくれるパートナーとミュージシャン仲間に囲まれて録音されているのですから、その歌が佳いヴァイブレーションを放ってこないわけがありません。
そりゃ「人生は万事がレッスン」ですから、大変なこともあるでしょう。でも、ケヴィン・レトーは日常の小さな出来事に、幸福を感じることができる人なんだと思います。幸/不幸は、当事者がその事象をどう受けとめるかで大きく様相を変えますから、ね。ケヴィンのスタンダードを聴いていると、その「幸福感」が歌から聴こえてくるではありませんか。
彼女自身のことばも、その印象を裏付けてくれました。ケヴィンに聞いてみたのです。おしゃべりな私にはめずらしく、用意した質問はたった2つでした。どうして今スタンダードなのか、レコーディングでは楽曲とどう向き合ったのか。
ケヴィンは前者には、次のように答えました。
「スタンダード・アルバムを作ることは、永年心のなかでだけ温めてきた夢でした。今作に収めたようなコール・ポーターやデューク・エリントン、ハロルド・アーレンやサミー・カーンといった作曲家たちの音楽を聴いて育った私ですから。
正直に言うと、サラやエラやシナトラたちがもっていたような魔法をスタンダードにかけることは私にはとてもできない、なら同じ土俵に上がるべきではないとずっとずっと考えてきたんです。でも今回ばかりは、今というタイミングを信じようと思いましたね。だってドリ・カイミがぜひ一緒にやろう、時間もとれるって言ってくれたんですもの。ブラジル風のアレンジに、スタンダード・ナンバーに対する私の愛とパッションをこめればやれるかもと、決心しました。今は本当に作ってよかったと思っていますし、心から誇りに思うレコーディングになったんです」
現場の話になると、ケヴィンはより饒舌でした。
「できる限り、ナチュラルに。そう願っていたので、ストリングスを除いて、すべてライヴで録音しました。私にとってはミュージシャン皆の『声』ほど大切なものはなく、だからあなたが耳にするすべての音は、バンドがその場で生んだもの。スタジオに入ったら徹底的に楽しもうね、ということで、レコーディングに入る前にアレンジが身体にしみこむまで、かなりの時間をリハーサルに当てました。おかげでプレッシャーが軽減され、現場ではとっても楽でしたね。参加してくれたメンバーの良さも、素敵にでているでしょう?」