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ウエイン・ショーター、新作&伝記 [2005.08.15]
 マイルス・デイヴィス亡き今、ウエイン・ショーターがジャズの支柱だと、多くの人が言います。私もその説に、賛成票を投じます。
 74歳を超えてなお前進を止めない姿勢といい、音楽のクオリティの高さ、独自性への追求といい、ジャズの精神的大黒柱はウエイン・ショーターしかいない、というのが事実です。
 先日も8月初旬まで、カルロス・サンタナ、ハービ−・ハンコックと共に、被爆60年を迎える広島、長崎ほかで平和を祈るコンサートで来日公演。どこで誰と演奏しても変わらない孤高の(かつオープンな)演奏姿勢は、やはりNo.1 の風格でした。

 そのウエインと、来日中の7月25日に会うことができました。その前に会ったのは、オーストラリア、メルボルン市で行われたジャズ・フェスでしたが、ウエインさんでも、さすがにオーストラリア公演の後は同市の寒さに少々肺を痛められたとか。ですが、日本で会ったときはすっかりお元気。いつものことですが、こちらが元気をいただきました。  ウエインさんは、「誰もが、大きな価値をもっている」ことを、通訳の方や、レコード会社の担当の人、私にも、会う人皆にことばにして伝えてくれるんですね。
 「あたなの仕事には価値がある」
 「必ずあなたは幸せになると思いますよ」
 こういったことを、ジャズの大黒柱に言われて、うれしくない人はいないわけで。今まで以上にがんばろうという気にもなるじゃないですか。で、がんばれば、実際に価値を増すでしょうし、幸せを信じていれば、行動もそうなっていき、幸せになる。
 何てステキな循環でしょうか。
 ウエインさんは、「言霊(ことだま)」のもつ力を、よーく知っている方なんです。佳いエネルギーをもったことばを口に出すと、それだけでことばの力が、佳いことを引きつける。逆も真なりですけれどね。
 ともあれ、ウエインさんが人や状況を悪く言ったのを、私は聞いたことがありません。
 それに、なんて若いんでしょうか。ルックスも若いですが、いつも最近読んだ本や映画の話をしてくれる。映画「ロード・オブ・ザ・リング」もウエインさんの勧めで見ましたし、いつも音楽のインタビュー以外に、お勧めの本をメモします。今回勧めてくれたのは、「ダ・ヴィンチ・コード」の作者ダン・ブラウンが書いたシリーズ第1作「天使と悪魔」。これはまだ読んでいませんが、日本語に訳されていますから、大助かり。
 また「ダ・ヴィンチ・コード」も、映画化が決定し、先の6月にクランクインしたそうで、ロン・ハワードが監督、主役のハーバード大教授がトム・ハンクス、フランス警察の暗号解読官が、「アメリ」でキュートな演技を見せたオドレイ・トトゥ、「ロード〜」のイアン・マッケランも出演---こんな情報を、ウエインがくれるんです。(日本では、2006年5月に日劇1ほかで上映が予定されています)
 ちょっと信じにくいですか?でも、本当なんです。
 あのマイルスも、ウエインとは互角に現代建築、映画、文学、美術の話ができたと言っており、ハービー・ハンコックも「2人が話していると、ちょっと入れなかった」と当時を振り返っているほどです。
 ☆話の寄り道
 ウェインに会ったとき、「ソニー・ロリンズが来日などの遠距離海外公演を、今年で止めるそうです」と話したら、「え?ソニーはもう80歳代だっけ?70歳代でそんなこと思うはずないしな。きっともう80代半ばになっているんだろう」という感想。
 でも、実際はウエインとロリンズは1歳しか違いません。どちらも素晴らしいジャズマンではありますが、ウエインが若いのは、年齢のとらえ方にもあると見ていて思います。年齢というものも、実はかなり「自由」がきくもので、頭で考えて自ら自分を規定してしまう、そんな負の思考が、人に歳を感じさせるんではないでしょうか。
 例えば、30歳になったら結婚しなくてはいけない、とか、50歳になったら派手な格好はしてはいけないとか、60歳はもう老年であるといった通説がありますよね。そういった既成概念を一度取りはらってみる。世間の「通説」にとらわれない。人が言うからそう信じるのではなく、どう信じるのか自分で決める。こういった「自由」な姿勢がウエインさんに、若さをもたらしているのだと思います。
 ウエイン・ショーター・クァルテットの新作『ビヨンド・ザ・サウンド・バリアー』が5月にリリースされましたが、年齢も「ビヨンド・ザ・バリアー」だということでしょう。
メルボルンのコンサート後に、楽屋にて
※権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
 さて、本筋に話を戻して、新作『ビヨンド・ザ・サウンド・バリアー』について、簡単に書いておきましょう。一言で言えば、ウエイン・ショーター・クァルテット、最強のライヴ・アルバムでした。
 難解とは言わないけれど、聴きやすくはない。どうしてか。それは予定調和を超え、次どのように展開していくか、ショーター・クァルテットの場合予測できないからです。
 「誰もやったことがない即興演奏を心がけること」、「誰も出したことがないサウンドを怖がらずに出すこと」。そのウエインの指示通りのステージの模様が、このアルバムに記録されています。

 ウエインは本作のタイトルを「音楽に境界線があること自体が不自然だから、音楽の境界線を超えてというタイトルにしたんだ」と語っていましたが、beyond=超える、という点が肝なんだそうです。それをふまえてこの新作を聴くと、メンデルスゾーンの曲、(ウエインを除いた)メンバー3人だけの演奏で彼らの即興演奏への研鑽が聴こえてくる曲、そして終盤への流れにbeyondさが横溢していました。
 ジョン・パティトゥッチのベースが歌い、ダニーロ・ペレスのピアノは自然なエモーションを表現し、ブライアン・ブレイドのドラムが、繊細に、変幻自在に音楽を支える。その3人と一体になって演奏するウエインのテナー&ソプラノ・サックスは、無我の境地。哲学的でもありながら、それ以上にスピリチュアルな印象を残します。4人がそれぞれの演奏に心を傾注し聴きあい、ひとつの方向に向かって進む。その方向が意図されたものではなく、音楽がいきたいところにいかせてあげる。その無我の境地が、素晴らしいのです。
 ウエイン・ショーター・クァルテットの自由な音楽から、既成概念を超えるしなやかさと、超えられるんだという勇気をもらえる作品でした。
 幸運なことに、5月にオーストラリア、メルボルン市でウエイン・ショーター・クァルテットを聴くことができました。3つの点で、ラッキーでしたね。
1)日本滞在時のようなバリアがなく、カトリーナ夫人に可愛がっていただいていることもあって、ステージ外でのウエインと過ごす時間が長くもてたこと。
 (オフでもウエインは、まったくの自由人。言葉数は少ないのですが、何か美しい建物を見れば「あれは何?きれいだね」と言い、可愛い子供が通れば「かわいいね」と言い、興味の対象は膨大でありながら、子供のようにきれいな心と好奇心をもっています。)
2)ショーター・クァルテットのピアニスト、ダニーロ・ペレスが、今回の豪ツアーに欠席。(他のジャズフェスに、音楽監督の仕事が先約で入っていたため。)代役は、ジェイソン・モランでした。彼もトラとしてよく弾いていましたが、このことがウエインとプレイするのが(つまり常に自由でいることが)どれほど大変なことかを、再認識させてくれたのです。
3)今回のオーストラリアへの旅が、ウエイン・ショーターの伝記「Footprints」を読む機会になり、著者、ミシェル・マーサーとも仲良くなれたこと。
(旅先で本を読み出してしまい、取材中でただでさえ少ない睡眠時間をさらに短くしてしまったという難点はありましたが。)
 この伝記のことも、書いておきましょう。
ウエイン・ショーター
「ビヨンド・ザ・サウンド・バリアー」

ユニバーサルジャズ
UCCV-1073
2005/6/8発売
※権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
 「Footprints」は、ウエイン・ショーターの人生と音楽をつづった大作です。足跡という意味をもつ彼の代表曲を、タイトルにしたこの本は、アメリカでは既に大きな話題になりました。
 著者、ミシェル・マーサーはNY在住のチャーミングな女性で、全体とディテール双方を見ることができる観察眼と、抜群の行動力(1週間のメルボルン滞在のために自転車を買い、市内を走り回っていました→発想が豊かです)を兼ね備えたジャーナリストです。この本のためにウエインに約100回のインタビューをしたというのですから!、頭が下がります。
 「ディスコグラフィーのような伝記ではなく、ウエインが生きてきた人生を書きたかった」と語るミシェル。その意図が達成されていましたね。幼少時代、酒浸りのアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ時代、マイルスとの親交も、今またご本人の口から語られると大変面白い。ウェザー・リポートにあった確執も正直に語り、ウエインが最初から今のような「立派で素晴らしい人」ではなかったことが、事実をもとに語られていきます。
 そしてその音楽にも肉薄していくミシェルの文章が、迫力あるんです。
 ファンを自認する私も、初めて聞く話が多かった。どうして信仰をもつようになったのかといった話も、私などはそういうプライヴェートな問題は突っこんで聞いちゃいけないんじゃないかと、どこかでブレーキをかけて聞かないできたのですが、ミシェルはちゃんと納得するまで鋭く聞き続けている。粘着力もあるんです。それでこそ、ジャーナリスト。自分のあり方(インタビューの仕方=すぐ腹でわかっちゃうタチでして)を反省もしましたし、聞けないことを聞いてくれる、そこが読んでいてやっぱり面白かった。
 最初の夫人、アナ=マリアを飛行機事故で亡くされた、そのことも心を閉ざさずに話すウエインに、感動を覚えました。
 人は、やはり「真実の物語」(フィクションでも真実の物語はあると思います)に心を揺さぶられるものなんですね。
 ウエインもこの本「Footprints」に愛着以上のものを感じていて、今年1月にNYで行われた出版記念パーティーではハービー・ハンコックたちと演奏したほか、以来大きなコンサートの後にはミシェルと本のサイン会を行ってきました。
 メルボルンでは、ウエインとミシェル、2人による初めての「トーク・ショー」が行われました。
 「ボーダーズ」というCD/書店で「ウンブリア・ジャズ メルボルン」の一環として開催中に開かれ、集まった人の数は予想外に少なかったものの(100人ほどでしょうか)、それがかえって功を奏して、親密な雰囲気のトーク・ショーになりました。
 集まったファンやミュージシャンがする質問に、ウエインが答える質疑応答も、1時間以上行われたんですよ。こういった質疑応答は、ウエインにとっても初めてだったそうです。
 なぜなら「私は答えを出すのに、とても時間がかかるから」。そうです、以前LAで行われた記者会見で、「新作の予定は?」という質問に、前世〜来世を信じている話から始め、だから「私にとってはnext albumというものは存在せず、an albumがあるばかりなのです」と答えるまでに30分くらいかかっていました!(こういう予定調和的じゃないところに、惹かれるんです。)

 でも、この日は短めの答えで、すばらしいやりとりでした。
 豪の著名なジャズ・トランペッターがした、「ウイントン・マルサリスに代表される米ジャズの保守化をどう思うか」という質問には、ウエインは得意の映画の話を引用しました。飛行機が山に激突するのを逃れたストーリーを話した上で、「ぼくもパイロットがしたように前進のスイッチを押す」と答え、大きな拍手を浴びました。
 そういえば、「ウンブリア・ジャズ メルボルン」に出演していた豪のジャズ・ミュージシャンの多くが、当日この書店に来ていましたね。「ぼくたちにとっては生涯で1度会えるかどうかだから、何をおいても来た」というのです。アリソン・ウェディングというシンガーは、自分のコンサートが間もなく始まるのに、我慢強く?、本にサインをもらう列に並んでいました。
 どんなアーチストも来日するようになった日本で仕事をしていて、こういう受け手側としてのピュアな情熱を失っていた自分にも気づかされました。

 ハービー・ハンコックが伝記に寄せた一文に、書いていました。 「私はウエインのことばに、以前マイルスにしたように耳を傾ける。彼のことばは、聞いた人を変えずにはおかない」。
 ウエインさんは、決して受けねらいや、格好いいことを言おうとする人ではありません。いつも正直に(なるべく佳いことを見て)話します。
 ウエインが正直に自分の人生を語る、その一言ひとことがこの本でも宝です。忍耐強く鋭く聞き続けたミシェル・マーサーの功績です。
 英語で読むゾという方には、「Footprints」はすぐ入手できますし、そうでない方は日本語訳の出版を、待っていてくださいね。
Michelle Mercer
「Footprints: The Life and Work of Wayne Shorter」

J P Tarcher
※権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
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