コンチネンタル・タンゴに、H.O.ホルクマン作曲が作曲した、〈夜のタンゴ〉という曲があります。アルフレッド・ハウゼ楽団をはじめとするコンチネンタル・タンゴ楽団はもちろんですが、門田ゆたかが日本語の歌詞をつけ、淡谷のり子、フランク永井、菅原洋一といった日本の歌手もこぞって取りあげた名曲です。
ヨーロピアン・ジャズ・トリオの新作『夜のタンゴ』を聴きながら、その歌詞を今、読んでいます。
小夜更けて 懐かしのタンゴ
遠く響けば 胸は躍る
若き日の わが喜びの
時は流れ 花の色香の
移ろうときも 甘き香り
永久(とこしえ)に 変わらぬ夢を
風に乗せくる 夜の調べ
なんて、好い詩でしょうか。「時が経っても変わらぬ夢」、いいですねぇ。
コンチネンタル・タンゴという、ちょと忘れかけていたジャンルから、3曲が選曲されたヨーロピアン・ジャズ・トリオの新作。コンチネンタル・タンゴを代表する〈真珠採りのタンゴ〉〈ジェラシー〉も、入っていました。
アルゼンチン・タンゴがもつ、死を連想させる極限の官能ではなく、はんなりとした色香のあるヨーロッパ生まれのタンゴ。ほどよい官能と哀愁をたたえたタンゴが、ヨーロピアン・ジャズ・トリオの個性にあい、いいさじ加減のロマンとノスタルジーをこの新作でかもしだしていました。
クラシックやポピュラーにも果敢にチャレンジし、自身のジャズにしてきたヨーロピアン・ジャズ・トリオ(以下EJTと略す)にあっても、このジャンルは初めてのこと。そもそも一体他の誰が、今コンチネンタル・タンゴを演奏しているでしょうか。
『夜のタンゴ』では、前作にあたる『モナリザ』(04年11月リリース)同様、ジャズ・スタンダード、ポップスの名曲にクラシック曲をシャッフルし、彼ら流にアレンジして録音するやり方が踏襲されています。ナット・アダレイのジャズ・スタンダードでアルバムを始め、ブラームスの子守唄で幕をおろすんです。そこに同じオランダ出身のABBAや、ノラ・ジョーンズのヒットを加え、現代性を加味した趣向ですね。
なんてつまらない曲だろうと、ずっと思っていたABBAの〈マネー・マネー・マネー〉に、今回素晴らしいイントロが加えられたことで、この曲の面白さを初めて味わいましたね。
それにアントニオ・カルロス・ジョビンの〈ハウ・インセンシティヴ〉に、エンリオ・モリコーネの〈ニュー・シネマ・パラダイス・愛のテーマ〉と、ジャンルや時代、国境を超えた佳曲がバランスよく並んでいます。そしてどの曲の演奏からも、EJTならではのロマンティシズムが香り立っていた。
ヨーロピアン・ジャズ・トリオは、振り返ればデビューした89年から叙情的な音楽性と、選曲の妙で聴き手を魅了してきました。その傾向が日本人の心情と呼応して、日本で人気が高く、ジャズの裾野を広げ功績は大きいのです。
特に、ピアニストが現在のマーク・ヴァン・ローンに変わった95年からは、レパートリーの幅がぐっと広がりました。参加第1弾として発表した『メモリーズ・オブ・リバプール』は、ビートルズ曲集でした。第2作『イモータル・ビブラト〜永遠の恋人たち』(96年)では、愛をテーマにした選曲で、クラシックを2曲もりこんだもの。それはマークという、クラシックにも造詣の深いピアニスト/アレンジャーが参加したからできたことでした。
99年にレーベルをM&Iに移し、前作からは、また1枚の作品に様々なジャンルからとられた題材が収められるようになりましたが、この頃から人気だけではなく、EJTの個性が確立されてきました。
このアルバムについて、特に「なぜコンチネンタル・タンゴを取りあげたのか」を聞きたくて、マーク・ヴァン・ローンに電話を入れてみました。彼はトリオのピアニストであるばかりか、アレンジのほとんどを手がけ、今回のアルバムでも1曲作曲しています。
彼が『夜のタンゴ』のコンセプトを、次のように話してくれました。
「いつもそうなのだけれど、やはりヨーロピアン・ジャズ・トリオにとっては選曲が命。命であると同時に、チャレンジなんです。コンチネンタル・タンゴを、最近聴かないねぇ。どう?聴きたくない?といった皆の会話から、取りあげることになりました。コンチネンタル・タンゴは、1920年代半ばと第2次大戦前にヨーロッパで大ブームを巻き起こしました。リアル・タイムではもちろん知りませんが、ぼくにとってはとても懐かしい響きをもっているんですね。というのは、父方の祖母、コア・ヴァン・ローンがコンチネンタル・タンゴなどを歌っていたシンガーだったから。陸軍や様々な場で、第2次大戦中も歌っていたそうです。ぼくが生まれてからも、家でよく口ずさんでいましたよ。『夜のタンゴ』では、ベニー・グッドマンが演奏した〈コール・ミー〉といった曲も取りあげていますから、このアルバムには祖母たちや両親に捧げる1枚という意味合いもあるんです」
95年以降の第2次EJTの音楽性、ひいては今作の音楽性を知る一助になると思うで、マーク・ヴァン・ローンの家庭環境をここで書いておきたい。一人だけを取りあげるのは、トリオの対等性をうたうEJTの主旨に反するだろうけれど、それは許しを。
マーク・ヴァン・ローンは、67年11月2日、オランダのハーグに生まれました。父親はプロのジャズ・ピアニスト、母親は彫刻家という「芸術的な環境として、申し分のない家庭に育った」。
10歳からピアノを学び、高校生になるとジャズを習い始め、88年の初リーダー作『レストレス・スキーズ』、翌89年のセロニアス・モンク・ジャズ・コンペティションでの次点選出というキャリアにつながっていきます。
ここで書いておきたいのは、マークの2人の祖母の存在です。マークが先に語った、父方の祖母、コア・ヴァン・ローンがシンガー。この祖母に結びつく記憶が、今作にコンチネンタル・タンゴをいざなう潜在的なインビテーションになっています。
また母方の祖母は、クラシックのピアニスト。マークが、EJTの活動で、ジャズ、クラシック、ポピュラーの佳曲をレパートリーにしてきた土台が、すでに幼少期に培われていたことに注目したいんです。
EJTの音楽を育んだ土壌には、今もコンサートや展覧会に足を運ぶ人が多いとマークが語る、オランダという国の文化度の高さも関与していると思います。それに奥さんや恋人に折にふれ花束を贈るという、オランダ人のロマンティックな気質も、関係しているでしょう。
ちなみに、日本の男性はなかなか花をくれないのよとマークに話したら、どうしてだと、私が叱られてしまいました。私は、日本男児は花の替わりに、EJTなどの音楽を聴くことで、そのロマンティシズムのバランスをとっているのだと思っていますけれどね。(でも好きな人からもらう花ほどうれしいものはないので、よろしく。)