2006年10月、コンコード・ジャズ・フェスティヴァル出演のため、ジェイク・ハナ・トリオを伴って、
ロバータ・ガンンバリーニが来日しました。そのときに、彼女にとって第2作目に当たる新作『ラッシュ・ライフ』を手渡されました。
「あら、lushじゃなくて、rush (忙しさ、慌ただしさの意) lifeなんじゃないの?」と笑いあったくらい、ロバータの2006年は忙しくも充実したものでした。
まず年頭に、デビュー・アルバム『イージー・トゥ・ラヴ』がスイングジャーナル誌主催、ジャズ・ディスク大賞の海外ボーカル賞を受賞。デビュー作の受賞は、初という快挙でした。夏にはNYで行われたJVCジャズ・フェスティヴァルをかわきりに、
ハンク・ジョーンズ・トリオとヨーロッパ・ツアー。
7月8日、9日は故国であるイタリアのウンブリア・ジャズに出演したのですが、このときのライヴから、新作の最後半に4曲が収録されています。ワールドカップ決勝戦前日のライヴです。観客の熱狂も、いつも以上だったそう。その雰囲気は、ディスクにも記録されました。
またこの時期に、日本では05年11月に先行発売された『イージー・トゥ・ラヴ』が世界発売された。米ダウンビート誌8月号のレヴューで4つ星を獲得し、今もロング・セラーを続けています。そして最新ニュースですが、グラミー賞に、2部門ノミネートされました。新人で2部門とは、どれほどロバータが並外れたシンガーか、わかりますよね。
9月18日には、モンタレイ・ジャズ・フェスティヴァルで世界初演された、デイヴ・ブルーベックが作曲したジャズ・オペラ「Cannery Row Suite」に出演。カート・エリングとデイヴ・ブルーベック・クァルテットとの共演で、ロバータにはジャズばかりかクラシックの歌唱法も要求されたそうですが、その大役を見事にこなして高い評価を得ました。このオペラは「エデンの東」で名高いジョン・スタインベックの小説「キャナリー・ロウ〜缶詰横町」に題材をとったもので、その模様をクイント・イーストウッド監督が撮影したそうですから、わたしたちもいつか見ることができるでしょう。
コンコード・ジャズでの日本ツアーを終えた後は、すぐハンク・ジョーンズ・トリオとフィラデルフィアへ。その後ニューオリンズでハリケーン被害救済のコンサートに出演した後、ヨーロッパに渡り、タイに行き、アメリカには帰らずまたヨーロッパに戻り、オーケストラとの共演の後、ウンブリア・ジャズ・ウィンターに出演。
ちょっとスリムになった彼女に、忙しすぎない?と聞いてみた。すると「歌うことが何より大好きなんですもの、もちろん大丈夫よ。ステージでの喜びが、すべての疲れを吹き飛ばしてくれる」と笑顔。
そして、クリスマス前に第2作目にあたるアルバム『ラッシュ・ライフ』が日本でリリースされることが、彼女にとっての最高のクリスマス・プレゼントになるとつけ加えたのでした。

『ラッシュ・ライフ』には、05年9月にNYでレコーディングされたハンク・ジョーンズとのデュオ10曲と、06年7月、イタリアのペルージアで行われたウンブリア・ジャズでハンク・ジョーンズ・トリオをバックに歌ったライヴが3曲(とデュオ1曲)、計14曲が収められています。すべてスタンダード・ナンバー。それもロバータならではの、ストーリー重視の選曲です。
特に彼女が「わたしの歌」という〈ラッシュ・ライフ〉は、デュオとトリオをバックにした2ヴァージョンが収録されました。彼女が得意とするバラードを中心に、ライヴではスキャットの巧者ぶりで魅せるナンバーもあり、美しく成熟しつつある彼女のヴォーカルのしっとりとした魅力を伝えくる作品になっています。前作はなにせデビュー作ですから、実力を全方位から見せる作風だったのですが、それに比べ、今作はロバータとハンクの歌心に焦点を当てた作りになっています。
アルバム・タイトルにもなった〈ラッシュ・ライフ〉は、デューク・エリントン楽団の座つき作・編曲家だったビリー・ストレイホーンが書いた、美しい失恋歌です。lushとは、アメリカの俗語で、酔っぱらいといった意味。ロバータはやさしく真面目な人柄なうえ、健康的な生活をおくっているから、酔っている対象はジャズしか考えられないのだけれど。そのロバータが言いました。
「なぜかしら、この歌とわたしは分かちがたく結びついていて、歌うたびにわたしそのものだと感じるのね。だから、いつも、どんなステージでも歌ってきた。2作目になる今作で歌い、タイトルにすることにも、必然性を感じています」
ロバータがヴァースから〈ラッシュ・ライフ〉を歌いだすと、その傍らに彼女の歌をそっとうしろから抱きとめる、ハンク・ジョーンズのピアノ。2人はたっぷりとしたテンポで、歌のストーリーを語ります。メロディばかりか、音の行間でエモーションを伝えくる手法は実力がなければ使えませんが、今最も話題のシンガーと88歳になる長老ピアニストにとってはお手のもの。その親密な歌の世界に招き入れられ、寛ぎ、心を震わせることができる『ラッシュ・ライフ』なのです。

実はハンク・ジョーンズとのレコーディング・プランは、01年に2人が初共演した直後からあったのだそうです。ロバータの歌に惚れ込んだハンク翁が、ぜひ一緒にレコーディングしようとプロポーズしました。それから5年。名手アル・シュミットがミックスを担当し、2人の共演作がここに完成したというわけです。
ハンク・ジョーンズは、1918年ミシガン州ポンティアックに生まれ、ジョーンズ3兄弟(サド、エルヴィン)の長兄として育ち、70年間の音楽活動歴を誇っています。40年代はビリー・エクスタイン、50年代にはエラ・フィッツジェラルドの伴奏者を5年間つとめ、シンガーにはウルサイといわれている人でもあるのです。その彼から「ロバータより優れたシンガーの名前をあげるのは難しい。ロバータとなら今後、10枚でも20枚でも一緒にレコーディングしたい」という最上級のオマージュを受ける歌の力が、ロバータにあるのですね。そのハンクのピアノについては、ロバータが次のように語りました。
「ハンクは特別なタッチと、ハーモニックな独自のセンスをもっている。それに一緒に歌っていると、テレパシーがあるんじゃないかと思うくらい。メロディだけじゃなく、歌詞までもピアノで伝えることができる、マジックをもっているの」
ライヴでバックをつとめたハンク・ジョーンズ・トリオのメンバーについては、こう語りました。「チェコスロバキア出身の名ベーシスト、ジョージ・ムラーツは、ベース界のハンク・ジョーンズだわ。余分な演奏はせず、不足ということもあり得ない。ツアー中は、毎夜ジョージのソロに心を揺さぶられたものよ」。ドラムスのウィリー・ジョーンズ・世については、こうです。「ロイ・ハーグローブのグループでも活動していた、30歳代前半の若手で、ハンクが今最もお気に入りドラマーね。何でもできて、グレートなの」

ロバータにこれまでの人生のターニング・ポイントを聞くと、98年の渡米だと即答しました。同年モンク・コンペティションで3位に入賞したのをきっかけに、彼女の輝かしいキャリアが幕を開けたのでした。
「アメリカで暮らし、ジャズの先人たちとシンガーとして個人的な交流をもちたかったのね。その夢が叶い、ベニー・カーターには亡くなるまでよくしていただいた。今またハンク・ジョーンズや、ジェームス・ムーディほかディジー・ガレスピー・ビッグバンドのメンバーたちにも様々なことを教えてもらっている。彼らがすばらしいのは、昨日より今日、今日より明日はもっとよい演奏をしたいと、努力をおしまないことなの。わたしも、明日は今より深く聴き手の心に伝わる歌を歌いたいと願っています」
まるで娘か孫のように、ロバータがハンク・ジョーンズの世話をしていることを、2人に近い人から聞いています。彼女は、歌はもちろんのこと、人としての努力も自然にできる人なのですね。彼女の歌に、恋する女心ばかりか、あふれる母性を感じることがあるのも、そうした彼女の人柄があってのことでしょう。
彼女に、歌い手としてのゴールは?と、聞いてみました。「死ぬまで歌い続けること。それに尽きるわ」。そう真面目な顔でいうと、急にお茶目な表情になって日本語で続けました。
「ガンバリマス!」
サンタさんから届いた、MDウォークマン
ウォークマンSシリーズが基本な21世紀の今日この頃ですが、わたしの場合、レコード会社から送られてくるCD-Rを月末に急ぎ、でもていねいに、聴き込まなければなりません。で、自分へのクリスマス・プレゼントに買っちゃいました。 わぁ〜、便利になっていたんだ。揺れにも強く、薄いからバッグにも問題なく収まる。イヤフォンだけ、インナーイヤー・タイプの物に替えて、快適!忙しい人には、受けると思った。 |

「D-NE730(シルバー)」を月に見立てて。 |
ロバータ・ガンバリーニ&ハンク・ジョーンズ
「ラッシュライフ」
55 RECORDS
FNCJ-5519
2006年12月20日発売
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Photo by Reiji Maruyama