お正月、映画を観に行きましたか。
わたしは今年は行かなかったのですが、お正月と聞くと映画に行きたくなるんです。松の内に、日比谷の映画館に行くのが、我が家の正月行事のひとつだったからです。東京在住のいとこが打ち揃って、総勢20数名(すごい数でしょう)。いや、もう、優しいお姉さんたちに可愛がられて、行きも帰りも、映画も楽しかった。そこで、今日は正月ロードショーから、音楽に関わりの深い映画を2本、紹介しましょう。

まずベートーヴェンの晩年を、女性写譜師との交流を通して描いた「敬愛なるベートーヴェン」です。監督はアニエスカ・ホランド。ダイアン・クルーガーのような美しくも聡明な写譜師を演じるのが、ダイアン・クルーガー。 あの時代に、女性で写譜を職業にしている人が実際にいたのかというと、答えはNO。ただベートーヴェンの写譜を務めた3人のうち、1人が判明していないため、こんな女性がいたら晩年のベートーヴェンも慰められただろうと、史実に夢をトッピングして作られた脚本なのです。
不朽の名作、交響曲第九番「〈歓喜に寄せて〉合唱つき」を執筆中のベートーヴェンから映画は始まります。既に難聴苦しむ、孤高の「楽聖」。甥を溺愛しているのですが、その甥は博打に溺れ、ピアニストにしたいというベートーヴェンの期待に押しつぶされそうになっています。
そこに現れた女性写譜師の献身。言いなりになるだけじゃなく、彼女はベートーヴェンに言いたいことも言います。今どきの女性のように、描かれているわけですね。部屋の掃除に、曲の逃れについてまで、助言する(というホンな)のです。
結果、第九は大成功。しかし次に作曲した「大フーガ」は理解されることなく、拍手ひとつ起こらない会場でベートーヴェンは倒れ込むのでした。
この映画のハイライトは、第九初演(1824年)の場面です。聴覚を失いつつあるベートーヴェンは、テンポを送るように写譜師に頼みます。コックピットのなかから彼女が送りだすリズムと入りの合図を、ベートーヴェンが見て指揮をするわけです。その演奏が10分強。まるで愛の交歓と確認のような、壮麗なシーンです。ロウソクに照らし出されるオーケストラと合唱隊。ロケ地の劇場の荘厳さ。まさに圧巻でした。
わたしとしては、この第九のシーンをもっと長く見ていたかったですね。第九の素晴らしさは「歓喜の歌」までへの長尺な流れがないと、伝わりませんから。少なくとも、20分。それを見せたら、映画に大きな軸が生まれたでしょうに。
それにベートーヴェン役のエド・ハリスが、昨日まで大木を切っていたような体格。役作りのために太ったそうなんですが、それであっても、ちょっとね。丈夫そうなんですもの。性格も「頑固一徹」だけじゃないんじゃないの?と、ベートーヴェンまわりに文句が多いの。こういう一種の伝記映画って、その人物に逢えたという幻想がもてれば成功、そうじゃなかったらだめでしょう?
でも音楽は、全編ベートーヴェン作。これが、強み。多くのファンが観ることはまちがいありません。あ、もう観ましたか。それは失礼しました。

もう1本。こちらは、ロック映画。
「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」は嘘のおハナシを、ドキュメンタリーとして見せるという、その手法がまず優れていた映画でした。結合体双生児が、パンク・ロック・バンド「ザ・バンバン」を組まされるという設定で、彼らの成功と破滅の過程を、インタビューを織り込んで、ドキュメンタリー・タッチで見せていくのです。もちろん架空の物語。だから凄いんです。
70年半ばのイギリスを舞台に、いかにもいそうなプロデューサーやクルー、グルーピー的ジャーナリストといった人物をうまくを配して映画化されたから、まるでグループ「ザ・バンバン」を懐かしむ想いで見たのでした。
監督はキース・フルトン&ルイス・ペペ。双子を演じた俳優、ハリー&ルーク・トレッダウェイ兄弟も、実の双子ちゃん。この2人がきれいで複雑な双子の心をよく演じているから、実在感が増すわけです。
バロックな美しさをもった映像も見事で、彼らが少年期をすごした人里離れた海辺の風景が今でも見えます。フリーク映画では決してないので、ロックときれいな男の子が好きな方に、ぜひお勧め。
お飾り2種
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
「敬愛なるベートーヴェン」
日比谷シャンテシネ、新宿武蔵野館、シアターN渋谷ほかにて絶賛公開中!
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権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。 |
「「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」
2007年1月20日シネマライズほかにてロードショー
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