ミュージシャンの友人は数多いのですが、わたしのことを「姉さん」と呼ぶ人は、たった一人。カナダ生まれのメチャ巧シンガー、
ホリー・コールです。
ホリーとは、初来日以来のつきあいで、来日するたびに2人で遊びに出かけますが、赤坂のいきつけの料亭のバーで飲んでいたときのこと(ほほほ、数年前まで、小学校からの友人が実家の料亭を継いでいたのでした)。芸者さんが、「キャー、ホリーさんですね」と寄ってきて、大喜び。サインをねだり、話す、話す。ホリーも笑顔でそれに応えていましたが、芸者さん、はっと腕時計を見て言ったのです。「ここからは、花代をいただかないと、お話しできなくて」彼女が去ったのち、ホリーが「ゲイシャの不条理」に怒ったのは言うまでもありません。フェミニストで、女性性を尊重するホリーにかかっては、それも道理。わたしも質問攻めに合いましたが、モゴモゴ言うだけで、知らないものは答えられない。
「彼女は、客に頼まれたら、寝なければならないの? 好きでもない男と寝たら、身体を壊す。彼女に言って、仕事を変えさせよう!」
ホリーの怪気炎に、赤坂の夜は更けたのでした。

さて、そんな「妹」
ホリー・コールの、3年半ぶりの新作が届きました。彼女にとって8枚目のスタジオ録音作にあたるディスクを手にとると、『シャレード』(原題『Holly Cole』)というタイトル。オードリー・ヘプバーンが主演したサスペンス映画、「シャレード」の主題歌かしら。
わくわくした気持ちでプレイヤーをONにすると、そこから聴こえてきたのは、ホリーの成熟した歌声でした。ラージ・アンサンブルとの共演。これはホリーにとっても初めての試みです。そのホーンの美しい重なりの上で、ホリーの歌声が物語を語り、そこから官能が立ちのぼってくるのでした。歌に現代女性ならではの独自の解釈を加え、自らのアイデアで編曲に臨むのはいつも通り。そしてタイトル曲は、やはりヘンリー・マンシーニ作曲の、あの〈シャレード〉でした。
スタンダード・ナンバーもあり、本作で初めて公開されたホリーの自作曲もありました。それに〈シェルブールの雨傘〉も収録されていました。こちらの映画の主演はカトリーヌ・ドヌーヴ。音楽はミシェル・ルグランだ。ミュージカルというより、台詞がないオペラ形式が少々奇妙な悲恋映画ですが、その主題歌は、わたしも少女時代に大変好きだったものです。
わたしは1枚の記念写真を脳内で撮影することにしました。ヘップバーンとドヌーヴを両脇に、中央で
ホリー・コールが婉然と微笑む3ショットです。意味はないのですが、とても気に入りました。

新作が予想を超えた出来だったので、わたしはすぐトロントのホリー宅に電話を入れました。誉めたかったし、話したいことも山積していました。彼女は愉快な人で、とっても前向きな女性です。ファンから、もっとクールな人かと思ったと言われることが多いそうですが、それは人生のダークサイドも歌い込む、彼女の歌からの想像にすぎません。
こんな逸話があります。ホリーはデビュー直前に交通事故にあい、アゴを怪我し医師から歌手生命の終焉を宣告されたのでした。でも、そこから、自ら編み出したリハビリで再起したのです。そのリハビリとは、医師の目を盗んでアゴを固定したギブスを外し、大声で歌うというもの。
ホリー・コールは、そんな「何が何でも歌いたい一心」で世界へと羽ばたいたシンガーなのです。
電話口の
ホリー・コールが、まずコ・プロデューサーのクレジットを見てと言いました。グレッグ・コーエン。聞いたことがある名前だわ。
「ヤダ、忘れたちゃったの?『Blame It On My Youth』(91年、邦題『コーリング・ユー』)のプロデューサーよ。日本でのデビュー作で、年間最も売れたアルバムに贈られるゴールド・ディスク大賞のジャズ部門を受賞したアルバムの。
久しぶりにご一緒したグレッグ・コーエンが、ラージ・アンサンブルとやろうという提案をしてきたの。そしてメンバーを選択してくれ、NYとトロントで数度にわたるレコーディングとなったんだけれど、アレンジャーでピアニストでもあるギル・ゴールドスタインの存在が大きかったわ。優れた編曲家であるばかりか、オープンな考え方をもっている人で、わたしが出すアレンジのアイデアにも積極的に賛同してくれた。ラージ・グループとまず仮歌をとったんだけれど、完璧性よりグルーヴを大事にしようと、ほとんど最初のテイクを採用した。結果的に、自分でも誇りに思えるアルバムになったわ」
『シャレード』には、デビュー時から共演を続ける
ホリー・コール・トリオのアーロン・デイヴィス(b)と、デイヴィッド・ピルチ(ds)が参加した曲もあります。
同じカナダ出身のケヴィン・ブライトの揺らぐギターも、ホリー・サウンドにはおなじみの顔ぶれでした。

ホリー・コールは、本作の内容的なテーマは、「セルフディセプション=自己欺瞞」だと言いました。03年に夏をテーマにした『シェイド』を作った後から、考えてきたことだそうです。
「自己欺瞞は、決して悪いことではないわ。人は自分でどうしていいか分からなくなったとき、自分自身を少しだまして心を落ち着かせようとする。ファンタジー(空想)は現実ではないけれど、自己欺瞞は、現実ではないものを現実だと信じている状態。〈シェルブールの雨傘〉で、愛する人を幾千の夏、待つと歌っているけれど、人が千年も生きるわけがない。でも、そう言うことで、自分の心を収めるのね。心理学的に深読みすれば、潜在意識では恋人に帰ってきてほしくないんだと読むこともできる。セルフディセプションは、女性の好物でしょ。千年っていうのはメタファー=比喩ではなく、一瞬でも本当にそう信じている。そんな歌詞をもったナンバーを歌うことで、21世紀に生きる女性への応援歌にもしたいと思ったわけなのよ」
つらいときには、ホリーの歌。そう話してくれた、多くの女友だちの顔が目に浮かびました。

さて、主な曲についてホリーに話してもらいましょう。
●M2 シャレード
先にもふれましたが、スタンリー・ドーネン監督、オードリー・ヘプバーンがケーリー・グラントと主演した63年公開の映画「シャレード」の主題歌。サスペンスだがロマンスとコミックの要素ももった、ヘプバーンならではの映画でしたね。ここではスリリングなホーンのイントロに始まり、熱いバックの演奏と、エモーションを抑えたホリーの歌との対比がメチャ、かっこいいのです。
「バンドの用意が整ったのを見計らって、その場に加わり、リラックスして歌ったテイク。歌が流れをもつように、心掛けました」
●M3 シェルブールの雨傘
ジャック・ドゥミ監督がとったミュージカル映画「シェルブールの雨傘」(64年公開)の主題歌として、ミシェル・ルグランが書き当時ヒットした楽曲だ。
「わたしは歌い手であると同時に、あたまの中ではいつも編曲をしている。この曲のアレンジのアイデアをギルに話したら、気に入ってくれて生まれたテイク。美しいメロディとリリカルな歌詞。メロディがわたしの声に合っている」
淡いホーン・セクション、ギターとパーカッションの効果的なバッキングが、ホリーの叙情をやわらかく彩っています。
●M4 ウォーター・オブ・マーチ
「アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲だけれど、これは自己欺瞞とは無関係。デビュー前から支え続けてくれているアーロン・デイヴィス(b)と、デイヴィッド・ピルチ(ds)、そこにケヴィン・ブライト(g) に加わってもらい、4人の旧友でとりました。歌のなかで提示されるイメージが、個人的に好きなの」
●M6 ラージャー・ザン・ライフ
今回初めて、ホリーの作詞・作曲のナンバーが完成した。ヴァースから歌うホリーの、ストリーテラーとしての力量も素晴らしく、
ホリー・コール・トリオの再現もファンにはうれしい。
「父も兄も作曲家でもあるのに、わたしにはその才能がないのかと思ってきた。皆から作曲しろというプレッシャーを受けてきたから、これで胸がはれるわね。30秒で85%できて、そのあとは時間がかかったけれど。恋する相手が自分の人生より大きいと思ってしまうなんて、まさに自己欺瞞でしょ」
●M7 ビー・ケアフル、イッツ・マイ・ハート
アーロン・デイヴィスのピアノだけをバックに、間を活かした歌唱で語りに語るテイク。
「これはアーヴィング・バーリンの作詞・作曲なんだけれど、彼の歌が好きなわたしは全曲の譜面をもっている、と思ってたの。それが今回2曲も知らない曲を見つけたので、とりあげました。恋人にわたしの心を壊さないでと歌いながら、彼女自身は壊れることを既に知っているという、女心を聴いてください」
●M8 イッツ・オールライト・ウィズ・ミー
マット・マニステリのギターの刻みにのって、ぐいぐいスウィングしていく歌が楽しい1曲。コール・ポーターの名曲も、ホリーにかかると恋を失っても平気と嘘ぶく、女性の自己欺瞞ソングとなるわけですね。
「ラージ・アンサンブルの楽しさ満載のテイク。すべてのメンバーと音楽的相性がよくて、彼らを選んでくれたグレッグ・コーエンに感謝しています」
●M11 リーチング・フォー・ザ・ムーン
「これまた月に手が届くわけがないでしょ。今回発見したアーヴィング・バーリンの楽曲のひとつ。B級映画音楽みたいに、ミステリアスに仕上げたかったの。ギル・ゴールドスタインのアコーディオンが効いて、ジューイッシュ・フォークのような趣がでたわ」

ホリー・コールの歌が、ますます女っぷりをあげたこの『シャレード』。陰影があり、女心を熟知したホリーならではの作品になった。後はブルーノート東京/名古屋/大阪に通うだけね。彼女の歌の巧さ、ユーモアもステージではより伝わりくることだろう。なにせ、夜見る夢にまで濃い色をつけてしまうのは、
ホリー・コールだけなのですから。
春の七草
1月7日は春の七草を使って、七草がゆを作りました。春の七草セットがスーパー(FoodShow)で売っているので楽ですねぇ。でも本当に草を食べているような青い味なんですぅ。
ホリー・コール
「シャレード」
東芝EMI
TOCP-70180
2007年1月10日発売
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権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。 |
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2007年ブルーノート東京 ホリー・コール公演スケジュール
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1月14日(日)〜1月16日(火) 1月18日(木)〜1月20日(土)
■開演時間 1stステージ開演19:00、2stステージ開演21:30 ※1月14日(日)のみ1stステージ開演18:30、2stステージ開演21:00
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2007年ブルーノート名古屋 ホリー・コール公演スケジュール
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1月22日(月)・23日(火)
■開演時間 1stステージ開演18:30、2stステージ開演21:15
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2007年ブルーノート大阪 ホリー・コール公演スケジュール
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1月24日(水)・25日(木)
■開演時間 1stステージ開演18:30、2stステージ開演21:30
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