中川ヨウのミュージック・ダイアリー

Top
Previous Next

ノラ・ジョーンズ、待望の第3作『ノット・トゥ・レイト』(マイケル・ブレッカー(ts)の訃報)

[2007.01.31]
 マイケル・ブレッカー(ts)の訃報が届いたのは、1月13日。入退院を繰り返していたニューヨークの病院で、白血病のため、亡くなりました。57歳でした(1949年3月29日フィラデルフィアー2007年1月13日ニューヨーク)。

 マイケルとは、わたしがこの仕事に就く前からの友人で、「同志」(マイケル談)だと言ってくれていました。昔話になりますが、わたしが「音楽評論家になる!」と決めた直接的なきっかけは離婚でした。20歳で結婚。24歳で離婚したのですが、いろいろ世間は大変で、特に実家が離婚を恥だと思っていたので、実家との関係が予想以上に辛かった。で、こんなに生活が大変なら、逆に最もやりたかった仕事をしようと、この仕事を選んだのでした。
 当時、ADLIB誌にしか寄稿していなかったわたしでしたが「インタヴュワーはできれば中川ヨウで」と、仕事をまわしてくれようとしたのは、他でもない、マイケルやジャコ・パストリアス、リチャード・ティーにスティーヴ・ガッドといった友人たちでした。  ご存知のように、ジャコとティーを既に見送っていますが、友人の死はつらいですね。親の死もつらく悲しいものですが、また別種な悲しさです。身体の部分をもぎとられたような痛み、欠落感があります。

 わたしはマイケルからの依頼で、次のアルバムのライナーを書くことになっていました。今まで彼のライナーノーツをなぜか書いたことがなかったので、書いてほしいと言われたのです。それが、彼の遺作になりました。完成したのは、きっと昨年の暮れの押し迫った頃でしょう。まだ音は届いていません。陽春には、あなたにも聴いてもらえると思います。
 参加したハービー・ハンコックが、言っていました。「今まで以上に演奏もすばらしく、曲もすばらしいんだ。きっと驚くよ」
 パット・メセニーも、ブラッド・メルドーも口を揃えて言っていました。
「特に曲が素晴らしく、心を揺さぶられぱなしのレコーディングだった。共演できてうれしかったよ」「病気を契機にまた前進するなんて、マイケルはすごい」
 これはすべて、マイケルが亡くなる前のことばで、皆マイケルの再起を祈り信じていましたし、マイケル自身も、最後まで復帰に向けてがんばっていました。直って、特に好きだった「真面目な日本のファン」の前で演奏するつもりでいました。
 とても残念です。遺作が届いたら、また書きますので、今日は別の新作の話をさせてくださいね。
 さぁ、今日はノラ・ジョーンズ(1979年3月30日、ニューヨーク生まれ)の新作の話です。待望の第3作が3年ぶりに完成しました。『ノット・トゥ・レイト』。なかなかアルバム作んなくて、ごめんねの意味ではありません。Not too late for LOVEで、個人的な愛というより地球規模の愛を歌った曲のタイトルです。アルバムも、おおざっぱに言ってそんな作風。そう、ノラ、少し変わりましたね。
 前2作を世界で総計3000万枚以上売り上げたノラ。ノラの前と後では、ボーカル界(に対するレコード会社の見方)が、ガラッと変わりました。ゆる歌よし、自作自演よし、ブロンドでなくてもよし、です。
 3000万枚という膨大な数字が、ノラにとってプレッシャーにならなかったはずがありません。ノラはそれと戦うことを好まず、ちょっと脇に寄ってプレッシャーに道をあけ、それををやりすごすことを選びました。マンハッタンにあるアパートメントに、自宅スタジオを作ることから始めたんです。時間を気にせず、音楽仲間が集い、音作りを楽しめる空間。曲を書いて、スタジオで歌ってみた3年間。仕事のためではなく、音楽のためのセッション。その時間のつみかさねが、ここにアルバムになりました。
 『ノット・トゥ・レイト』(原題も「Not Too Late」)。今までのアルバムとの最も大きなちがいは、全13曲中11曲が彼女自身の書き下ろしだということです。リー・アレキサンダー(b、ソングライティング・パートナーで、私生活のパートナーである)との共作が多いのですが、彼女の腕が格段にあがったことは一目瞭然。同じ「等身大」の歌でも、その「身」の大きさが、前2作で発表した初期のオリジナル曲とはまったく違いますから。  売らんかなという意図で作っていないのが災いし、各曲が短くて、終わり方に不満がある曲もある。でも、その短さがまたダウンロード/ iTune向きだったりするわけで、天はきっと今作もノラの味方。

おなじみのミュージシャンが揃っていますが、クロノス・カルテットからジェフ・ジーグラー(・、cello)、ラリー・ゴールディングスの参加もあります。
 バンジョーやマンドリンを使い、ノスラルジーにあふれた〈シンキン・スーン〉。「オイスターに浮かぶクラッカー、紅茶にとかす蜂蜜。もうすぐわたしたちは沈んでしまう」という歌詞をどう読むか、あなた次第です。
 音使いが面白い〈ノット・マイ・フレンド〉。いじめ反対の歌ですね。ピアノの弾き語りで、初めて政治的なことを歌った〈マイ・ディア・カントリー〉。
今のアメリカに生きていて、政治的なニュアンスの歌がなかったら、もうシンガー・ソング・ライターとは言えませんよね。ま、でも、わたしはノラの成長が素直にうれしい。以前は、母子家庭に育った痛みや、複雑な少女の心模様がつずられた曲想でしたが、ここでひとりの人間として、感じたことを書き、歌ってきたわけです。すばらしい進歩じゃありませんか。あ、それにコーラスが深く響く、〈ロージーの子守歌〉もわたしは好きだった。

 ジャズの影響は特に聴こえてはきませんでしたが、カントリーの要素はいっぱい。そう、声の粒子がすでにカントリーなんです。そこがアメリカ的。それが彼女。
 そしてノラ・ジョーンズはアメリカでしか生まれ得なかった痛みをその歌声に内包して、これからも歌い続けることでしょう。
 蛇足なんですが、今回初めて、ノラの新作がファイルで届けられたんです。もちろん、IDにパスワードを必要とする、万全の構えで。いつもレコード会社から送られてくるメディアはCD-Rで、信じられないことにほんの3年前まで某大手先端レコード会社は、カセットで送りたいと言ってきたんですよ。もちろん、「じゃ、書かない!」って丁重にお断わりしていましたけれど。
 時代は、こんなところでも変わりつつあるのです。
このサイトを立ち上げてくれているスタッフ一部と、品川駅を見下ろしつつ、急ぎ目ランチ・ミーティング。
左から、高橋さん、殿水さん、大倉さんと。実は大倉寛之さんが別の仕事で忙しくなられ、我がサイト現場を2月いっぱいで離れられます。
包容力と、どんなときも慌てないタイム感に助けられてきました。今まで、どうもありがとう。さみしいけれど、これからもお仕事頑張って。と同時に、今のまま、可愛い2人のお嬢さんのやさしいパパでいてください。

NORAH JONES
『ノット・トゥ・レイト / Not Too Late』

東芝EMI
TOCP-70170
2007年1月24日発売

権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
Page Top
Top
Previous Next
中川ヨウのミュージック・ダイアリー