今年は、新進気鋭のミュージシャンもどんどんとりあげたいと思っている、このミュージック・ダイアリー。それにはまず彼女のはなしをしなくちゃと、思わせるシンガーがいます。その人は、ソフィー・ミルマン。ロシアに生まれ、現在はカナダ国籍の24歳。昨年、まさに彗星のように現れたジャズ・シンガーなんです。
昨年暮れのことになりますが、12月21日、丸ノ内コットンクラブでソフィー・ミルマンの初公式来日公演を観ました(一度その前にプロモ来日しています)。彼女が低く声量のある歌声で歌いだすと、コットンクラブにノスタルジックな気が満ちていきました。
キュートでブロンド、小柄な外見と低音が魅力の声が生むギャップが、観客の心をつかむ有効なツールになっていました。時期もクリスマス前でしたし、ソフィー待望の初来日ギグということもあって、ブルーノート大阪、名古屋店を満員にしお江戸に上ってきたのでしたが、丸ノ内コットンクラブでも満員の盛況。どーしてイイものって、お客さまにすぐ伝わるんでしょうか。観客の(情報の多さではなく)情報判別の速さに驚かされる昨今です。
ソフィーは本国カナダでデビュー作「ソフィー・ミルマン」(2003年制作、04年発売)がヒットし、06年3月に同アルバムでアメリカ・デビュー。
いきなりi-Tunesの米ジャズ・アルバム配信1位に輝き、それがまた大きな話題を呼ぶという、まったく新しい経路で世界に知られたジャズ・シンガーなんです。名前を上げた経路の新しさと、歌の世界がもつ懐かさしさが生む対照も、ソフィーの興味深いところなのです。

ソフィー・ミルマンはロシアに生まれ、7歳で両親とイスラエルに移住、16歳から現在はカナダに住んでいます。共産主義崩壊にともない、家族でイスラエルに移住し、次のカナダは、子供たちのために安全な場所をと両親が考え、再度移住したそうです。
このようなその多重アイデンティティは人に根無し草のような感覚を与えがちなものですが、ソフィーの場合この多重アイデンティティが歌に味方して、「歌の世界の国境越え」を可能にしています。ロシア民謡である〈黒い瞳〉はヴァースはア・カペラでというサプライズで始まり、力強くロシア語で。カナダでフランス語も覚えたのでしょう。フランス語で歌った〈バラ色の人生〉は、色っぽく歌いこんでいました。お得意はかわいい歌詞の〈マイ・ハート・ビロングズ・トゥ・ダディ〉や〈マイ・ベイビー・ジャスト・ケアズ・フォー・ミー〉。それを甘くしすぎずに、パンチをもって歌うこころがいい。低い声なのが、 甘くなりすぎない要因ですね。
こういったデビュー作からのテンポのある楽曲では、難なく瑞々しい魅力を発揮してソフィー。でも、バックバンドが変拍子でがんばりすぎた〈フィーヴァー〉や〈マスカレード〉は編曲がNG。i-Tunesクィーンでも、あれでは歌いきれません。彼女のことより、自分たちの力量をみせたくなっちゃった、グループ側の失策です。
一度バックに超一流のジャズ・ミュージシャンをそろえて、ソフィーの歌を聴いてみたい。そんなことを思わせる、ソフィー・ミルマンでした。
楽屋を訊ねると、ステージで観るよりさらに小柄(舞台上の方が大きくみえるのはスターの必須条件ですから、いいこと)で、「忙しくて死にそうなの〜」とかわいい弱音を吐いていました。そしてその通り、次の日に横浜公演を前に、大風邪をひいたようです。
ソフィーが歌うようになったのは、なんとカナダに移住してからだそうです。「移民は堅実な職業を選ばないと食べていけないと、思っていたから。でもカナダに行ったら、いままでCDで聴いていたジャズ・ミュージシャンを生で観られて、もう我慢ができなくなって(笑)。ギグをやり始めて、2〜3ケ月でレコード契約の話がきた。そして1年かかって作ったのが、『ソフィー・ミルマン』なの。20歳代の若さも活かしたけれど、自分の人生経験も活かしたつもり。応援してね〜」
実は彼女は、まだCDの方がイイの。『ソフィー・ミルマン』が、スイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞で、ニュースター賞海外ヴォーカル部門に輝いたばかりですね。いつかライヴの方がよくなるときが、くるでしょうけれど(こなきゃ、ダメ)。ボッサ・ノヴァはあまり合わないけれど、先ほども書いた、かわいい歌詞の曲がとてもいい。 フレッシュさと多忙さで、今ピカ一のソフィー・ミルマン。この日本デビュー作をジャケ買いをした人は正解、迷っている暇はありませんよ。
親友のまめちゃんから頂いた、苺のお皿。見ているだけで、やさしい気持ちに。春をインテリアにもと、桜柄のテーブルセンターで、桜前線気分を北上させています。
ソフィー・ミルマン
『SOPHIE MILMAN』
Victor
VICJ-61375
2006年7月26日発売
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