4月になったら、ジュリエット・グレコがやってくる。そう思うだけで、わたしは今からうれしくてなりません。生き方も好き。あの明るさが好き。ますます深みを増す歌が好き。創作に妥協しないところが好き。あの美女が鏡なんかちらっとしか見ないところも好き。もう全部好き。
数度のインタヴューで、どれほどわたしを助けてくれたことか。グレコさんは言ったのです。
「若い頃はもちろん、わたしも40歳代になるまでは世の中から誤解されてばかり。もう少し待っていればね、あなたは変わらなくても世の中があなたを違う目で見てくれる。なぜか、そういうものなの」
あるときは、男と女の話になりました。
「女が男の面倒を見る。この図式はあと数百年経っても、変わらないわ。DNAに刻み込まれてしまったものなのね。でも、だからこそ各企業は女性に対してもっとお給料を支払うべきだわ。それが女性に対するリスペクトの表現になるんですから」
自伝を読み、母親との葛藤があったことを知っていましたから、わたしにも継母に対して、永遠の片思いのような辛い想いがあると話した時は、こう話してくれました。
「わたしは実母に愛されなかったという想いと、ともに生きてきたの。母は姉だけを愛していた。この想いは心臓に刺さったナイフでね。耐えられない痛みだった。痛みはひどいものだけれど、ナイフを引き抜いたら、それはそれで死んでしまうのよ。このまま生きていきましょう」
わたしは深くうなずきました。そしてそれ以来、心が少し軽くなったのです。自分の左胸を見るたびに、そこに刺さったナイフが見えました。そしていつしかその尖ったナイフを笑えるようになっていったのです。

1944年パリ解放後のことです。芝居の勉強をしていたジュリエット・グレコは、実存主義を唱えサンジェルマン・デ・プレに集まるサルトル一派にかわいがられていました。そしてサルトルの勧めで歌手としてデビューしてからは、詩人たちはこぞってグレコに詩を贈り、美少女は「サンジェルマン・デ・プレのミューズ」と呼ばれるようになります。
49年にコクトーの映画「オルフェ」に出演して以来、映画女優としても活躍。でも70年代以降は歌に専念し、アルバムを出すたびに見せる新たな挑戦で、聴き手を魅了してきました。
グレコのステージの素晴らしさ!衣装は必ず黒、宝石はつけたことがありません。「歌詞の言葉が宝石だから」。そう、彼女が言いました。
「自由。平和。その願いを胸にわたしは歌ってきた。わたしは、美しい詩しか口にしないわ。好きな人にしかキスしないのと、同じこと。当然でしょう?」
彼女の音楽活動を貫く、自由への希求も不変です。なにせ、「サンジェルマン・デ・プレのミューズ」になる前は、レジスタンス運動家だった母親の巻き添えで(未成年の頃)、パリ郊外にある刑務所に3ヵ月入れられた経験があるのです。その体験を負としてとらえるのではなく、そこから自由に向かって羽ばたき続けるグレコさん。なんて素晴らしいのでしょうか。
そのジュリエット・グレコがニューヨークでジャズ・ミュージシャンと録音した新作『
シャンソンの時』が、すてきなんです。
「昔マイルス・デイヴィスとパリで出逢い、最初は女性を蔑視した、イヤな男だと思ったの。でも私たちが恋に落ちるのに、時間はかからなかったわ」。
そんな彼女の昔話を思い起こさせる、ジャジーなアルバムなんですね。しかも「ヴォラーレ」と「虹の彼方」を、フランス語以外で歌うのもグレコ史上初めてのこと。それがすべて「彼女の歌」になっているのですから、素晴らしい。「シラキューズ」で聴かれる瑞々しい官能と、全編をみたす自由への讃歌。聴くだけで、自由になる。そんなアルバムなんです。
それに、間もなく来日公演があります。今回のコンサートの新機軸がすごいらしいんです。
アンフィニの中村敬子さんがパリ公演を観ていらしたら、感動の一言だったそう。4月の来日公演も、2月のシャトレ座大公演にならい、アコーディオンとピアノだけをバックに歌うのだそうです。その三者の掛け合いが、もっ、素晴らしいんですって。
日本では字幕で歌詞が読める演出に、いつも助けられています。
マダム・グレコが両の手を空に向かって広げて歌うとき、歌が翼をもち、そこから自由が広がっていくのです。わたしたちはその翼にのって、一緒に飛べばいい。
そんな彼女も80歳。今観ていただきたい歌い手の、筆頭に挙げたい人ですね。
マダム・グレコは、こんなことも言っていましたっけ。
「死は恐くないの。天国に行ってもいいけれど、わたしの友だちは皆(下を指して)あっちにいそうだから、わたしも一緒がいいわ」
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ジュリエット・グレコ
『シャンソンの時』
ユニバーサル インターナショナル
UICO-1122
2007年3月14日発売予定
4月1日(日):大阪
フェスティバルホール
4月3日(火):金沢
石川県立音楽堂
4月5日(木):横浜
横浜みなとみらいホール
4月7日(土):東京
Bunkamuraオーチャードホール 「完売」
4月9日(月):札幌
北海道厚生年金会館
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