中川ヨウのミュージック・ダイアリー

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ハリーとニューオリンズVol.2〜ビッグバンド作も同時発売

[2007.03.23]
 「〈シャンソン・デュ・ヴ・カレ〉っていうのは、ヴ・カレがオールド・スクエアのことだから、ニューオリンズの歌という意味なんだ。10年ほど前にぼくが書いた曲だけれど、マルサリス・ミュージックからリリースした前作『オケージョン』で、ブランフォード (・マルサリス) とのデュオで発表した。今回はビッグバンドでの演奏だ。そう、このアルバム『シャンソン・デュ・ヴ・カレ』は、ぼくのビッグバンドで演奏した、故郷ニューオリンズへのトリビュート作なんだ」ハリー・コニック,Jr.が、そう快活に話してくれました。マルサリス・ミュージックからの第3作になるこのアルバムは、彼の故郷であるニューオリンズへの愛と感謝をこめて、ここにリリースされます。オリジナルも含め、すべてニューオリンズにちなんだ曲ばかり。
 同時にソニーミュージック・ジャパン・インターナショナルからリリースされる、歌とビッグバンドによる『オー・マイ・NOLA』も、ニューオリンズ、ルイジアナ州(NOLA)に捧げらています。レーベルを超えた、この2作同時発売には、故郷の復興に力をかしたいというハリーの切なる想いがこめられているのです。
 「シャンソン・デュ・ヴ・カレ」は、実は2003年5月、ハリーの発案でビッグバンドでのツアーを終えてすぐにスタジオ入りし、レコーディングされました。
「あまりバンドの調子がいいので、今ニューオリンズにちなんだ曲をレコーディングしておこうという気になったんだ。ニューオリンズはジャズを生んだだけじゃない。さまざまなスタイルのジャズが混在し、音楽もガンボ(ごった煮)的に多様な要素をもっている。このニューオリンズ音楽に育てられたぼくとしては、それはいつかはやりたい宿題だった。ツアーの最中にアレンジを書き、ステージにかけては練っていった。だからコンサートの常連さんなら、聴いたことがある曲ばかりが並んでいるはずだ」
 ハリー・コニック,Jr.と彼のビッグバンドは、フランク・シナトラがレコーディングしたことでも知られるLAのキャピタル・スタジオAに入りました。準備期間は長くとられましたが、スタジオに入ればほとんどがファースト・テイクという絶好調ぶり。
 今の時代、同じメンバーでビッグバンド活動することは、経済的に大変なのですが、俳優としても名前をあげているハリーなら、できるというわけですね。
それに彼は、若い頃、そう、歌いだして早々にビッグバンドの着想を胸にだいていました。
「自分のビッグバンドをもちたいんだ!」
それを聞いたときには、計画倒れにならなければよいけれどね〜と内心思ったものです。でも、ハリーは着実に夢を叶えていきました。
 ビッグバンドとの初共演は、彼の3枚目のアルバム、映画『恋人たちの予感』(1989年)のサウンドトラックが最初でした。今のハリー自身のビッグバンドが形を成したのは、91年にリリースした『ブルー・ライト、レッド・ライト』録音前でした。そのときから数えても、もう15年以上続いているのですから、大したものだと思いませんか?

 ニューオリンズに生まれたジャズ・ミュージシャンは、故郷としてだけではなく、ジャズ発祥の地としてもNOLAを敬愛しているんですね。三日月型をしていることからクレセント・シティとも呼ばれるこの街は、ニューオリンズを含む南部一体がハリケーン、カトリーナの猛威により壊滅的な被害を受けたのは05年8月末までは、音楽と平和があふれた街でした。
 ハビタット(住宅)・フォー・ヒューマニティ」の名誉会長に就任し、救済のための活動にあたってきたことは、先の回で書きました。経済的な理由でニューオリンズに帰れない人々のために、「ミュージシャンズ・ヴィレッジ」を建設する計画を立てたのです。
 ハリーが言いました。
「『オケージョン』やこの『シャンソン・デュ・ヴ・カレ』をレコーディングした時点では、ニューオリンズが壊滅的な打撃をうけるなんて、夢にも思っていなかった。ブランフォードとのデュオで、2005年6月にツアーをスタートさせていたぼくたちは、9月以降はタッグを組んで救済活動にあたってきた。当然のことをしたまでだ。ぼくは音楽的な自由も、個人的な幸せも、ニューオリンズからもらったんだから。うれしいニュースがある。
30軒、家が建ったよ。もうすぐ40軒になる。徐々にではあるけれど、街にも活気が戻ってきている。ぼくも毎月ニューオリンズに帰り、人々と話し、励ましあっている。ミュージシャンズ・ヴィレッジの中心に、ブランフォードの父親でぼくのジャズの先生であるエリスの名前をとって、エリス・マルサリス・センター・フォー・ミュージックを建てる。そこを拠点に音楽を次世代に手渡していきたいんだ。きっとまた多くの人が訪れるようになるさ。ニューオリンズは再生し始めたんだ」
 今回のインタヴューでは、そう肯定的に語るハリーでした。ハリーもブランフォードも故郷のために何かしないではいられないのですね。だから、トリビュート・アルバム2作の同時リリースなのです。
 ハリー・コニック,Jr.は、ハリウッド・スターになってからも大変フランクで誠実な人です。勉強家でニューオリンズ音楽の知識に関しては、誰にもひけをとりません。ミュージシャンとしては、ピアノを弾くのが好きで、ビッグバンドを自身の宝物のように思っている人です。ビッグバンド・リーダーとしても人望が厚く、作・編曲をこなし、実は大道具やメンバーの衣装までデザインしてしまいます。
 そのステージは、楽しいの一言!ハリーはバーボン・ストリート仕込みのエンターテインメント精神の持ち主で、「楽しんでもらうまでは、観客を帰さない」といってはばかりません。でもビッグバンドと舞台に立つと、自分にばかりスポットライトを当てようとせずに、各メンバーにも華をもたせようとするんですね。
 そんなわけで、ここに収められた曲でリロイ・ジョーンズやルシアン・バーバリンがヴォーカルをとっている曲がありますが、それは「ヴォーカル作はソニーから」という契約があるからだけではなく、どのステージでもそうなんです。
 たとえばルーションズ・アンクルが残した〈バーボン・ストリート・パレード〉は、ハリーが好きでよく自宅で弾く曲だそうですが、わたしが見たコンサートでもリロイにヴォーカルを担当させて、自身はバック・ヴォーカルにまわっていました。その趣向の面白さに、3階の天井桟敷の観客までがスタンディング・オベイションで応えていたのを思い出します。

 オープニング曲を書いた、大才能ルイ・アームストロングもニューオリンズ生まれ。日本ではザ・ピーナッツが歌ってヒットした〈小さな花〉の作曲者でもあるシドニー・ベシェも、ニューオリンズ出身です。
 同郷のメンバーもがいます。オープナーで素晴らしいソロを聴かせる、リロイ・ジョーンズ(tp)。ルシアン・バーバリン(tb)とマーク・ミュリンズ(tb)もそうなんです。ニール・ケイン(b)は、ニューオリンズに引っ越してきたんだそうです。
 ジャズを呼吸して育ったこのビッグバンドは、チームならではの結束とグルーヴ、ダイナミクスをもっています。リズム・セクションのニール・ケインとアーサー・ラテン・世も、どんな曲でもスウィングしてみせる腕の持ち主です。こういったメンバーが、ニューオリンズへの愛で結集した本作です。ニューオリンズの歴史から現在までをその音楽にこめて、バンドがスウィングする醍醐味が聴こえてきます。
 ブランフォード・マルサリスが、今作のリリースに際して、次のように話していました。
「ハリーのビッグバンドはスウィングする! これはジャズの基本中の基本だけれど、口で言うほど簡単なことじゃない。ぼくはハリーを作曲家、ピアニストとしても高く評価しているが、ビッグバンド・アレンジャーとしても最高の一人だろう。特にハリウッドの俳優でもあるハリーが、どれほど音楽に対して献身的か、身近にいる者にしか解らないかもしれないが、サウンドは正直だからね。それにニューオリンズに昔から伝わる音楽について、彼ほど知っている男はいないだろう。ハリーのビッグバンドが演奏する、ニューオリンズ・ミュージック。なんて好いアイデアだろうと、録音当時からこのリリースの日を楽しみにしていたんだ」
 さぁ、心のなかでだけでも、ご一緒にニューオリンズにでかけませんか?
わたしの一の好物は、おめでたいこと。結婚式は、特に好きですね。
先日、素晴らしい結婚式に出席しました。ユニバーサルの斉藤嘉久さんと愛子さんのお式です。
幸せなお2人の顔、両家ご両親のうれしそうなお顔を見ているだけで、こちらも幸せいっぱいになるお式でした。
たくさん笑い、ハッピー・ティアーズ(うれし涙)もあって、参加者みんな大ハッピー♪
彼が担当していた小曽根真さんと、akikoが演奏プレゼントした「スマイル」が絶品で、akikoの心がこもった歌は最高でした。
小曽根さんと斉藤さんの2ショットもつけておきますので、幸せにあやかりましょう。

ハリー・コニック,Jr.
『シャンソン・デュ・ヴ・カレ』

ユニバーサルミュージック
UCCM-1104
2007年3月21日発売予定

権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
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