今日は「Go ! Go ! 日本女子」第2弾として、トランペッターの市原ひかりと彼女の新作について書きたいと思います。
市原ひかりの第3作『スターダスト』が完成しました。そこから、彼女がとげた成長が聴こえてきたのです。デビューして、まだ2年。2年ではありますが、その間の音楽的修養と、人としての経験が、彼女のジャズを前に進めていました。
前作『サラ・スマイル』に引き続き、敢行されたニューヨーク録音。2007年1月24日から26日まで、市原ひかりは再びレコーディングのために、寒波に凍てつくNYに向かいました。
同じNY録音でも、前作との違いはかなり大きなものでした。前作に「皆さんについていきます」的な要素があったのに比べて、今作からはリーダー作としての自負が聴こえてきたからです。
聞けば、アレンジはすべて彼女自身が手がけたとのこと。選曲も、ライヴでかけたものを主に、彼女自身の好みがかなり反映されています。だから、本作からは「彼女の声」が聴こえてきたんです。それを、わたくしもうれしく聴いたというわけです。
温かく、でも一粒の涙がこめられたような彼女の特徴ある音色が確定し、それをいかした演奏をしていることを誉めたいですね。その演奏も、腕を上げ、より心にまっすぐ飛び込んでくるようになりました。アレンジ力も大したもので、〈スマイル〉など、彼女の明るさが表出した好アレンジとなっています。

メンバーは、レーベル・メイトでもあり、前作でも共演したアダム・バーンバウム(p)。「ツアーでもご一緒だったので、全面的に信頼でき、アダムのピアノで吹けたから、リラックスした気持ちで臨むことができました」(ひかり談 / 以下同)。
ジョージ・ムラーツはチェコスロバキア生まれの、美しい歌心で知られるベーシストです。オスカー・ピーターソン、ハンク・ジョーンズ、トミー・フラナガンなどへの名サポートでも知られていますが、本作での演奏は作品のクオリティを高めるものになっています。「大学生の頃からファンだったので、共演できてうれしかったです」。
他に、ドラマーのヴィクター・ルイスは、マンハッタン・ジャズ・クインテットに在籍していますが、本作では力強いプレイだけではなく、軽快な演奏も聴かせています。
今作には3管の曲が2曲ありますが(M1、M7)、アルト・サックス/フルートのアーロン・ヘイックは、チャカ・カーンと8年間活動をともにした他、スタジオ・ミュージシャンとしてフランク・シナトラ、アレサ・フランクリンなど数多のシンガーと共演してきました。テナーのウエイン・エスコフェリーは、ベン・ライリー、トム・ハレルのメンバーで、ロンドン出身、2000年にNY進出。「〈シェルブールの雨傘〉で特にやさしい、気遣いのある演奏をしてくれました」。
以上のメンバーで、市原ひかりがどんな作品を作ったのでしょうか。『スターダスト』には、9曲が収録され、そのうち2曲が市原ひかりのオリジナル。各曲について、彼女自身のことばを交えながら書いてみましょう。
●ブルー・マイナー
ソニー・クラークの名盤『クール・ストラッティン』に収められていたこの曲を、3管で演奏し、オープニング曲に。
「好きで聴いていたアルバムなので、多少なりとも自分の色にしたいと、アレンジ/演奏に臨みました」
●スターダスト
ホーギー・カーマイケルの名曲。ひかりを先導するムラーツのベースが美しく、この曲でのヘイック(ソロはフルート)とひかりのホーンの淡い重なりが、ひかりが「歌う」メロディを浮き彫りにします。
「メロディが美しいので、フリューゲルホーンで吹くことにしました。テーマ中、心をとらわれた1小節を2小節にのばして演奏しました」
●星に願いを
ディズニー映画「ピノキオ」の主題歌を、ドライヴ感をもって生き生きと仕上げています。彼女のテクニックがあがっていることが、よくわかるテイクでもあります。
「誰でも知っている曲を自分なりの解釈で演奏することは、いつもチャレンジです。この素晴らしい曲をアップテンポで演奏したので、せわしなくて星に願う時間がない印象になったかもしれません(笑)」
●スカイラーク
ホーギー・カーマイケル作曲の、2曲目です。伸びやかなひかりの演奏、それに応えるバーンバウムのピアノとの息の合い方もいいですね。
「好きで、ずっと演奏してきた曲です。長い間、このアレンジで演奏しています」
●走馬灯
オリジナル。市原ひかりの書く曲には、彼女がもっている明るい生への肯定と、「祈り」にも似た清い心を感じることが多々あります。このナンバーからも、彼女らしさを感じました。
「3年ほど前に書いた曲ですが、走馬灯のように楽しい思い出がめぐる様子をイメージしました。聴いてくださる方にも楽しい思い出をいっぱい!と願って、演奏しました。聴いてくださる方に寄り添っていられる音楽を届けていきたいと、いつも願っています」
●シェルブールの雨傘
アレンジ力が光るこの曲は、フランスが生んだ作曲家/ピアニストのミシェル・ルグランが、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画「シェルブールの雨傘」のために書いた主題歌です。ひかりはエスコフェリーの特色をいかしたアレンジで、切ない恋の物語を歌います。ひかりの即興のバックで聴こえるメロディなど、たおやかなアイデアも聴きものです。
「ミシェル・ルグランの作曲力には驚嘆します。他にも好きな曲がありますが、これはソロ・ピアノのアルバムで"発見"して、ぜひ歌ってみたいと思いました」
●スマイル
喜劇王、チャーリー・チャップリンが書き、ジャズ・ミュージシャン/シンガーにもよく取りあげられる名曲です。3管で、リズムの工夫もあって、楽しく笑みがこぼれるテイクになっています。
「スマイルですごしたいですねと、聴いてくださる方、一人ひとりに語りかけるつもりで歌いました。はい、自分にもそう言っています。やはり自分自身が精神的に健康じゃないと、いい演奏ができないもので」
●アイ・リメンバー・クリフォード
ベニー・ゴルソンがクリフォード・ブラウンに捧げたナンバーを、今作ではアダム・バーンバウム(p)とのしっとりとしたデュオで聴かせます。バラードには特に彼女の祈り、まっすぐさを感じます。
「少し早いかなと思いつつ、デュオで演奏しました。アダムとは前作からご一緒なので、デュオを選択することができました」
●アンド・ゼイ・リヴド・ハッピリー・エヴァー・アフター
ひかりのオリジナル2曲目です。彼女の書く曲には魅せられることが多く、作曲家としても大きく育つことを確信しています。
「おとぎ話の最後に言われる、『そして、ずっと幸せに暮らしましたとさ』という意味の曲です。父が自己の『TRIO'』のアルバム『ホワット・アー・ユー・ドゥイング・ザ・レスト・オブ・ユア・ライフ』のラストに収録してくれたんです。ここでは父のアレンジそのままに、父への敬愛をこめて演奏しました」
市原ひかりは、1982年12月22日、東京で生まれました。父親は、ジャズ・ドラマーの市原康。早稲田理工学部でジャズ・ドラムを始めた彼がプロになり、ジャズに限定されないフィールドで活躍した後、鈴木宏昌率いる「コルゲンバンド」に参加しました。同バンドを脱退した頃、牧師のお嬢さんと出逢い結婚。誕生したのが「ひかり」ちゃんです。
ここで、市原康の経歴を書こうとしているのではありません。ただ、人が、「市原ひかりはきっとジャズに囲まれて育ったのだろうから、ジャズ・トランペッターの道に進んだのは自然なことだ」と思いがちなのを、多少訂正しておきたいのです。
少女時代のひかりは、確かに大の音楽好きでした。父が出演しているコンサートで、おもちゃのマイクを手に歌ってもいました。
でも、彼女の物心がつくころには、市原康は既にスタジオの仕事を中心にしていたので、ジャズが家庭で流れていることはほとんどなかったのです。
かえって彼女が洗足学園音楽大学ジャズ科に通いだしてから、「ひかりちゃんが大学行くようになってから、ジャズのアルバムが増えたね」と、家族から言われたそうです。
だから、彼女は「敷かれたレールにのってジャズを選んだ」のではなく、「ジャズのレールを市原家に再び敷いた」のでもあるわけです。
更なる高みから見れば、近年は市原康もジャズで旺盛な活動を続けていますから、ジャズを見守るミューズが、美しい共時性をこの親子に起こしたと、見ることもできるのです。

さて、話をひかりの経歴に戻しましょう。
「個性をもった自立的な人間の創造」を謳う、成蹊小学校から高校まで通い、「自由を尊重する校風でありながら、真面目な学生が多くて、善い環境で育てていただいたと思っています」。
中学入学と同時にクラシック・トランペットを学び始め、「高校に入ってからはクラシックの音大を目指して学んでいましたが、直前に洗足学園音楽大学ジャズ科に進学することを決めました」。
中学3年で聴いたエリック宮城、高校1年生のときに聴いたリー・モーガンに魅せられたという伏線もありました。ですが、ジャズを本格的に学んだのは、洗足学園音楽大学に入ってからなのだそうです。
原朋直に師事し、即興の奥深さを知り、それまではビッグバンドを多く聴いていた彼女でしたが、以降コンボ系のジャズも聴くようになりました。
わたくしたちが市原ひかりの名前を知ったきっかけは、洗足学園音楽大学在学中、早稲田大学ハイ・ソサエティ・オーケストラに参加し出演した第35回(2004年)「山野ビッグバンド・ジャズ・コンテスト」で、「優秀ソリスト賞」を受賞したときでした。
彼女は、揃いの黒いスーツで決めていました。でも、なんと裸足で!ステージに立ったのです。裸足でステージを踏みしめて、渾身のプレイを聴かせたのでした。
05年3月に同大学を卒業後、すぐにプロになります。同年8月にリリースされたデビュー作『一番の幸せ』を、きらめくオリジナル曲でうめつくしました。多彩な作曲力とまっすぐなプレイで、聴き手の心を打ったのです。「はっぴいえんど」の鈴木茂と「ハックルバック」の佐藤博を中心とした、ベテラン勢とひかりの共演も光っていました。
06年の第2作『サラ・スマイル』は、ひかりにとって初のNY、初の海外レコーディングと、「初づくし」でした。ピーター・ワシントン(b)、ルイス・ナッシュ(ds)の手堅いリズム。ドミニク・ファリナッチとの2トランペットが2曲、テナーのグラント・スチュアート参加が1曲という、パワー重視のメンツが集められています。アダム・バーンバウム(p)は、最新作にも参加しています。
このアルバムによって、市原ひかりはスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞ニュースター賞(国内インストルメンタル部門)を受賞、今作への布石となりました。

市原ひかりの魅力が伝わりくる『スターダスト』。彼女自身も今作には前向きに取り組めたと、次のように語りました。
「3作目になり、アルバムを作るということに関して、まず意識が変わりました。演奏、アレンジ、ライヴでもそうなのですが、着眼点が変わり、どうやって自分の色をだすかを考えるようになりました。全曲アレンジできたことで、自分のアルバムなんだなという実感を強くもちました。客観的に自分の演奏を見ることができるようになったことも、大きかったです。変えたいところは今後いくらでも変えていけると思うと、楽しいんです」
礼儀正しく、かわいく、誰をも魅了するだろう市原ひかりの人柄。そして音楽にかける熱情には、抜きんでたものがあります。
彼女のトランペット / 作曲が紡ぎだす物語は、これからもまわりを照らしながら永く続いていくことでしょう。
「ひかり」の名を体現しつつ。そして最終曲のように、いついつまでも幸せに。
市原ひかり
「Stardust」
ポニーキャニオン
PCCY.60006
2007年5月16日発売
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権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。 |
スイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞、2007年1月の授賞パーティで。
市原ひかりはニュースター賞(国内インスルゥルメンタル部門)受賞。
選考委員で司会をつとめたヨウと記念写真
インタビュー時@セルリアンタワー
衛星ラジオ、MUSIC BIRDでヨウが選曲&パーソナリティをつとめている「中川ヨウのジャズ・フロント・ライン」6月10日(日)22:00〜23:00【6月16日(土)22:00〜23:00再放送】 に、市原ひかり ちゃんがゲスト出演します。どうぞお楽しみに〜