マイケル・ブレッカー逝去の報が届いたのは、2007年の年が明けてまだ間もない頃のことでした。1月13日、白血病のため、ニューヨークの病院で愛する家族たちに見守られながら、天国へと旅立ったのです。享年57でした。
2年半にわたる、壮絶な闘病生活を送ってはいましたが、マイケル自身は再びテナーを手にステージに立つことを最後まで諦めていませんでした。本作『聖地への旅』を復帰作とすべく、すべてのレコーディング行程を終えた、約2週間後の逝去でした。
マイケル死去の報に涙したのは、世界のジャズ・ミュージシャン、ジャズ・ファンばかりではありませんでした(そのなかには骨髄バンクに登録した勇気ある人々もいました)。
2月20日タウンホールで行われた葬儀には、世界からかけつけた多くの人々が列をなしました。筆者もお悔やみをご遺族に伝えてほしいと、思いもかけない人々、たとえば中華料理店の店主やクリーニングの配達をしている男性から声をかけられ、マイケルがどれほど広い層の多くのリスナーに愛されていたのかを、改めて知らされました。
2月11日に発表されたグラミー賞では、兄、ランディ・ブレッカーの『サム・スカンク・ファンク』で、マイケルは「ベスト・ジャズ・インストルメンタル・ソロ」と「ベスト・ラージ・アンサンブル・レコーディング」の2部門に輝き、彼のグラミー受賞歴を13回に更新しました。
今、この『聖地への旅』(原題『Pilgrimage』巡礼の意)を聴きながら、わたしたちの涙をぬぐってくれるのが、他ならぬマイケル自身であることに、驚嘆しています。
ここにあるマイケルの生命の輝き、音楽に向けられた高い志、敬愛する音楽仲間との激しい、そして親密な会話は、彼の遺言というより、彼の意志そのもの
だからです。

今作レコーディング後、ハービー・ハンコックが言いました(06年12月来日時)。
「マイケルの新作が、ほぼ完成した。その素晴らしさには、きっと皆が舌を巻くね。マイケルは確かに、今弱っている。でもアルバムではそんな状態は微塵も感じさせない、まさしく入魂の一作だ。わたしの演奏もマイケルに触発され、鼓舞されたものになっている」
ハービーのPCには、毎日のようにマイケルと交わされるeメールのやりとりがありました。そのなかには抗ガン剤投与で苦しむ、マイケルの声もありまし
た。
パット・メセニーは、06年9月、ブラッド・メルドーとの共演作のためにプロモーション来日した折、次のように語りました。わたしとマイケルの四半世紀をこえる友人としてのつきあいを知った上でのことでしたが、それでもパットが自身のプロモーションで他の人の作品について語るのは、異例のことでした。
「これがすごいんだ。マイクは、今までで最も見事なプレイと作曲を披露している。そんなベストな出来映えなんだ。まさにマイクの新時代の夜明けを告げる、啓示のような作品だ」
隣に座っていたブラッド・メルドーも、こう語りました。
「マイケルの新作に参加できて、とても光栄だと思っている。ぼくは特に、新作でのマイケルの作曲力に驚嘆した。今までの彼のすべての音楽的要素がこめられたうえで、更なる地平に立っているんだから!
メロディ、リズム、ハーモニー、すべての要素からマイケル自身の声が聴こえてくるんだ。アルバムすべてが、彼の創造的な声明だと言ってもいい。いやぁ、すごい作品に参加させてもらったものだ」
その時点では、誰もが『聖地への旅』が「復帰作」になることを、信じて疑いませんでした。

『聖地への旅』は、パット・メセニー(g)が全編に参加して、ピアノは新旧の第一人者である、ハービー・ハンコック(M1,M5,M8,M9のみキーボード)とブラッド・メルドー(M2,M3,M4,M6,M7)が分けあいました。加えてジョン・パティトゥッチ(b)、ジャック・ディジョネット(ds)という鉄壁のメンバーで録音されたのです。
プロデュースは本人を核に、パット・メセニー、メセニー・グループのベーシストでもあるスティーヴ・ロドビー、そしてマイケルの旧友でキーボード奏者/ アレンジャーのギル・ゴールドスタインが協力してあたりました。
レコーディングは主に、06年8月に敢行されたのです。肉体的な負担は覚悟の上で臨んだレコーディングでしたが、当時マイケルは「音楽があってのぼくだからね。スタジオ入りできなかったそれ以前の2年半の方が辛かったよ」と笑って言っていました。
でも、録音が終了後に、マイケルの容態は再び悪化したのです。マイケル逝去後に、パットが言いました。
「マイクはぼくたちに、グレーテストな音楽をそのキャリアと人生の最後に贈ってくれた。ここから響いてくるのはメッセージそのものだ。彼の業績は、これから先モダン・ミュージック史のなかで語り継がれていくことだろう。
マイクと一緒にスタジオ入りした8月の数日間は、ことばでは語り尽くせない。驚くばかりにパワフルで、まさにアンビリーバブルな体験だった。ぼくにとって、いや、スタジオにいた皆にとって、生涯最初にして最後の、感動と驚きの入り交じった体験だったんじゃないか」

レコーディングは主に、06年8月に敢行されたのです。肉体的な負担は覚悟の上で臨んだレコーディングでしたが、当時マイケルは「音楽があってのぼくだからね。スタジオ入りできなかったそれ以前の2年半の方が辛かったよ」と笑って言っていました。
でも、録音が終了後に、マイケルの容態は再び悪化したのです。マイケル逝去後に、パットが言いました。
「マイクはぼくたちに、グレーテストな音楽をそのキャリアと人生の最後に贈ってくれた。ここから響いてくるのはメッセージそのものだ。彼の業績は、これから先モダン・ミュージック史のなかで語り継がれていくことだろう。
マイクと一緒にスタジオ入りした8月の数日間は、ことばでは語り尽くせない。驚くばかりにパワフルで、まさにアンビリーバブルな体験だった。ぼくにとって、いや、スタジオにいた皆にとって、生涯最初にして最後の、感動と驚きの入り交じった体験だったんじゃないか」

パットの言うそのドキュメントが、この作品から聴こえてきます。収められた9曲は、すべてマイケル自身が作曲したものです。オリジナルでアルバムを通すのは、マイケル史上初めてのこと。それもほとんどが、病床で書かれたのですから、恐れ入ります。
オープニング曲〈ザ・ミーン・タイム〉のパワーからして、大変なものです。変幻自在なタイムを、こう呼んでみたにちがいありません。まさに日々を「一期一会」で生きていたマイケルのこと。時間 / タイムがもつ意味が、それまでより尊く重いものに変わったにちがいありません。
つづく〈ファイヴ・マウンテインズ・フロム・ミッドナイト〉は、ピアニストがブラッド・メルドーに替わって、素晴らしいソロを繰り広げています。
〈アナグラム〉とは、つづり換えゲームのことで、まるでつづり替えのトリックがあるかのような曲想と、全編を貫くドライヴ感、マイケルのソロに圧倒されます。
〈タンブルウィード〉はジョン・パティトゥッチの牽引力のあるベース、鳴きに鳴くパットのギター・シンセサイザーとマイケルの掛け合いがもたらす高揚に、胸が躍ります。クレジットされていないのですが、このヴォイスは誰なのでしょうか。
美しいバラードである、〈ホエン・キャン・アイ・キス・ユー・アゲイン?〉は、無菌室に入っていたため、家族とさえ接触できないマイケルに、ある日息子のサムが訊ねたのだそうです。
「ダディ、いつになったらまたキスできるの?」と。
その問いへの率直な答えが、音楽になりました。マイケルとパットのユニゾンからは、哀しさより優しさが響いてくるのですが、後半マイケルのソロになると、魂の叫びが聴こえてくるんですね。その「声」に揺さぶられます。
最終曲〈ピルグリメージ〉には、巡礼の旅を想起させる、壮大な物語があります。マイケルの魂がこもった導きに誘われて、ハンコックはここではエレクトリック・ピアノに向かい、火のように燃え盛るのです。
パットのソロ、ディジョネットの力強いドラミングと、各プレイヤー渾身のプレイが、決して悲劇に終わらない、肯定的な旅へと音楽を進めていく点に、特に心を動かされました。エンディングに向かう最終部では、皆がひとつになって、勇ましく聖地へと旅立つマイケルを送り出すかのようです。
マイケル・ブレッカーは最後のアルバムで、更なる飛翔をとげました。そのことを確信したテイクなのです。

マイケル・ブレッカーの魂よ、あなたはこれからも未来永劫、輝き続ることでしょう。
あなたの音楽について、そしてこのベストな作品のことを、わたしはずっと語り継いでいくつもりです。
生まれてきてくれて、素晴らしい演奏を残してくれて、ただただ感謝しています。合掌。
マイケル・ブレッカー
「聖地への旅」
ユニバーサル ミュージック
VICJ-61289
2007年5月16日発売
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権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。 |
一男一女のやさしい父親でもあった。
ニューヨーク近郊の自宅にて。