夏休みも、もうすぐ終わりですね。でも、これは学生さん達にいっているのであって、わたくしを含め多くの方が夏休みナシ、あるいは短いお休みで残暑と戦いながら、仕事をしていらっしゃることと思います。(がんばりましょ〜)
わたくしは、当サイトの右サイドに掲載している「女達のジャズ」が進みだしたので、書くのがうれしくて、楽しくて、確かにお休みはありませんが、充実した晩夏をすごしています。感謝。
そんな日々のなかでも、残暑がはんぱじゃないですからね。エネルギーの残高不足!なときが、まま、あるわけでして。
そんなときに聴いているのが、ポール・マッカートニーの新作『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル』です。
これが、「追憶」というより、現在形でイイんですね。しかも、随所にビートルズ時代のエッセンスが感じられて、旧来のファンにもビンゴ!なのです。
このポールの新作を聴いて、いいメロディを書けるということは、限りなく強いことだと思いましたね。冒頭の「ダンス・トゥナイト」は、覚えやすいメロディで、つい一緒に口ずさんでしまいます。ポール自身が弾いているマンドリンが、効果をあげています。声を上昇させる、ポール節も健在。弦のイントロがすばらしい「オンリー・ママ・ノウ」では、シャウトもあり。
お元気!
そして、わたくしも元気をいただいているというわけです。

ジェームス・ポール・マッカートニーは、1942年6月8日、イギリスはリヴァプール生まれ。ということは、既に65歳です。
書くまでもありませんが(とはいえ、ビートルズを知らない若い世代が大勢いるんです)、60年代に世界の若者の共感をえたTHE BEATLESのメンバーで、ジョン・レノンとともに数々の名曲を生んだことで知られています。
ギネス世界記録をみると、ポールは「ゴールド・ディスク最多保持者」にして「ポピュラー史上で最も成功した作曲家」であり「最多レコード売り上げミュージシャン」として認定されています。
1997年には、英国王室から叙勲され、sir/サーの称号も受けていますよね。
そのポールの21世紀に入ってからの活動を、振り返ってみましょう。
2001年には、ウイングス時代の軌跡を収めたドキュメンタリー作品『ウイングスパン』を発表。2枚組の同名ベスト盤も同時発売され、アメリカでは100万セットを売り上げて、プラチナ・ディスクになりました。同年の秋には、愛妻リンダが亡くなって以来、初のオリジナル・アルバム『ドライヴィング・レイン』も発表しています。
2002年にはアメリカで、9年ぶりのコンサート・ツアーを行いました。このツアーの模様を収めたライヴ盤『バック・イン・ザ・U.S.〜ライヴ2002』はアメリカでミリオン・セラーを記録し、そのアルバムが発売された同年11月には、3度目のソロでの来日公演が行われました。
その後も、積極的なライヴ活動を行い、2004年にはロシア、モスクワの「赤の広場」でコンサートを開いて話題になりましたね。
2003年から2005年春までの間は、ポールは、はレディオヘッドなどの作品で知られるナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えて、アルバム制作にはいります。2005年の秋、『ケイオス・アンド・クリエーション・イン・ザ・バックヤード』として発表されたそのアルバムは、2006年の第48回グラミー賞に3部門でノミネートされ、シングル・カットされた「ファイン・ライン」も、同賞ソング・オブ・ザ・イヤーの候補に挙がりました。また、2007年の第49回グラミー賞では、「ジェニー・レン」が最優秀男性ポップボーカル賞にノミネートされています。
でも、ノミネートどまりに終わったという事実は、ポールにとっては不満足なものだったのでしょう。
2007年、長年契約していた「EMI」から、新しくスターバックス(!)と、老舗レーベルであるコンコードが共同で起こしたレーベル、「ヒア・ミュージック」に電撃移籍。日本での発売元も、「ユニバーサル」に変わりました。そして2007年6月、移籍第1弾アルバム『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル』を発表したというわけなのです。この新作は、ポールのソロ・スタジオ・アルバムとして(だけでも)、21作目に当たるのですから、多作なミュージシャンでもあるんですね。

今作『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル』を制作する経緯について、ポール・マッカートニー本人が語っています(自分でとったインタヴューじゃないところが、ちと残念ですが、ユニバーサルから送られてきたプレス・リリースから引用します)。
「この新作にとりかかったのは、実は前作より前だったんだ。最初にスタジオ入りしたのは2003年の秋で、ロンドンのアビイ・ロードでレコーディングした。前作『ケイオス・アンド・クリエーション…』がリリースされ、グラミー賞にノミネートされた頃(2006年)、この作品を完成させなくてはと、思い出した。もう一度聴き直してみたところ、楽しめたんだね。
1曲ずつ手を加え、できあがっていった。ちょっと気に入らないところを修正すると、それからは自然に歌が進化していった。知らないうちに、何もしなくても、糸が布を縫い上げていくように、テーマにたどりついていた。
「このアルバムは、部分的にパーソナルで、大部分が回顧的なアルバムだといっていい。リバプールでの少年時代、過ぎ去った夏の思い出を歌っている。刺激的で、エモーショナルで、ロックしているアルバムだと思うけれど、一言でいうのは難しいね。
終盤のメドレーは(8曲目〜12曲目のこと)、意図して回顧的にした。それには、ぼくの年齢が関わっているかもしれない。でも、ジョン(・レノン)と曲を書いている頃だって、回顧的だったんだ。(8曲目〜12曲目は)昔の「ペニー・レイン」や「エリナー・リグビー」に通じるものがある。ぼくは、未だに同じトリックを使っているということさ」
アルバムの内容もだが、タイトルも近年のベストの出来だと思います。タイトルについてもポールが話しているので、引用させてもらいましょう。
「アルバム・タイトルは、制作がすべて終わってから考えた。たいていいつも、レコーディングが終了してから思いつくんだ。おそらく『サージャント・ペパーズ』をのぞいて、ビートルズ時代、ウイングス時代も今も、タイトルやコンセプトを先に考えてアルバムを作ったことはないと思う。内容すべてをまとめる表現を考え、『メモリーズ・オールモスト・フル』を思いついた。
現代社会を言い表わしているフレーズじゃないかな。現代社会にあって、ぼく達の脳はオーヴァーロード気味。何人かの友人にこのタイトルを話してみたら、ほとんど全員が異なる解釈をした。でも全員が、タイトルを気に入ってくれてね。この友人たちのリアクションが、タイトルを決めるよすがになった」

メモリーがほぼいっぱい。
でも、それはまだ余地があるといっていることにもなるわけで、新たな夢がそこで育まれ、実現される可能性がある、とわたくしは解釈します。
2002年に出逢い、後に結婚した、元モデルで環境保護活動家の現夫人、ヘザー・ミルズとは今離婚係争中とも聞いていますが、ポールが環境保護に熱心に取り組むようになったのは、へザーの影響も大きかったはず。
ポール・マッカートニーの活動は、多岐にわたり、そして動きを止めることはないのです。
その最大の証左が、新作でしょう。ぜひ、聴いてみていただきたいですね。親子で聴くなんてことができたら、なんてすてきでしょうか。
ポール・マッカートニー
「 追憶の彼方に 〜 メモリー・オールモスト・フル」
ユニバーサル ミュージック
UICZ-3091
2007年6月6日発売
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