2008年も、わたくしのミュージック・ダイアリーがパット・メセニーでスタートするとは、誰が想像したでしょうか。
「想像してたよ」(あなたの代弁者)
そうですか、ハハハ、失礼しました。
では、想像できなかったのは、このわたくしだけだったのですね。
パット・メセニーは、常に行動することでエネルギーを自家発電する音楽家です。そう思い知ったのは、『デイ・トリップ』の音源が2007年の暮に、届けられたときでした。
ブラッド・メルドー・トリオと共演した、『カルテット』(07年)発表から引き続き、すばらしかった07年9月の日本公演の興奮の余韻もさめやらぬうちに、新作が到着したからです。
「え?もう、新作?」。
これがわたくしの、第一声でした。
ですが、今作『デイ・トリップ』の場合、プロジェクトのスタートはいささか前になります。2003年、パットはクリスチャン・マクブライド(b)、アントニオ・サンチェス(ds)とトリオを組むことを決め、2人の快諾をえてツアーにでました。
04年12月にブルーノート東京などで日本公演も行われましたから、ライヴでみた方もいらっしゃるでしょう。
でも、その後、ブラッド・メルドーとの共演作が2作リリースされ、気質的にも息があうブラッドとの共演に夢中なパットをみるにつけて、このトリオでのアルバムは発表されないのかもしれないと、わたくしは勝手に思っていました。はい、来日公演が、イマイチのできだったこともあります。ノッテナイのかなとも、思いました。
それが、クオリティもぐっとアップして、見事なトリオ作としてこうして届けられたのですから、パットの実行力に(またもや)頭をたれる想いなのです。
今回のギター・トリオは、アルバム単位では、パット史上5つ目のトリオになります。
[1]1975年12月にレコーディングされた、パットのデビュー・リーダー・アルバム『ブライト・サイズ・ライフ』のジャコ・パストリアス(b)&ボブ・モーゼス(ds)。ジャコとパットが組んだトリオですから、二重の意味で記念すべきアルバムになりました。
[2]83年録音の『リジョイシング』で組んだチャーリー・ヘイデン(b)&ビリー・ヒギンズ(ds)。このトリオ・メンバーは、2人ともパットが尊敬してやまない、オーネット・コールマンのグループの在籍経験者でした。
[3]89年には、デイヴ・ホランド(b)&ロイ・ヘインズ(ds)との『クエッション・アンド・アンサー』。
[4]そして99年にレコーディングされたのが、ラリー・グラナディア(b)&ビル・スチュワート(ds)とのトリオです。『トリオ 99→00』を発表し、そのツアーのライヴを収録した2枚組『トリオ→ライヴ』もリリースされました。
そして今作の、クリスチャン・マクブライド(b)、アントニオ・サンチェス(ds)です。

パット本人は、自身のギター・トリオを、結成過程で2つのケースがあると分類しました。
[1]演奏家同士に共演経験がなく、パットがぜったいにあうと確信して組む場合。
[2]は、共演経験があり、演奏家として肌があう人同士に組んでもらう場合です。
パットは、[1]のケースがジャコ・パストリアス+ボブ・モーゼス、デイヴ・ホランド+ロイ・ヘインズで、[2]がチャーリー・ヘイデン+ビリー・ヒギンズ、ラリー・グラナディア+ビル・スチュワートだと指摘しました。
そして今回の場合は前者のケースで、「ぼくがあうに違いないと、マッチ・メイキングをした」
理由は明快でした。
「この2人は、今、この地球上で最高のテクニックをもっている。そのクリスチャンとアントニオと、ギター・トリオで思いっきり演奏したかった。2人のことは人間としても大好きで、2003年から世界をツアーしてきたなかで、もちろん日本にも行き、アジア、アフリカにもまわり、親交を深めた。その過程で、トリオにバンドとしての一体感が生まれた。ツアー中のある日、ぼくたちはスタジオに入り、ライヴ感覚で演奏しまくった。その成果が、お聴きの『デイ・トリップ』だ。ぼくはその録音テープを聴き直すことなく、本トリオでのツアーを続行し、そしてブラッド・メルドーとのレコーディングとツアーへと移行した」
パットに、レコーディングの経緯も聞いてみました。
「ブラッドとのツアーにでる前日だった。トリオでのテープを聴くと、これがとてもよかったんだ。実は数カ所でライヴ・レコーディングもしてみたが、そのライヴ演奏より、スタジオ録音の方が更によかった。
いつもはアルバムを録音し、それからツアーにでるという流れだ。でも、今回のトリオは例外だ。まず最初にツアーにで、バンド感覚が生まれてから、スタジオに入った。それがよかったんだね。そしてレコーディングにあたっては、彼らのスキルのすごさ、そういう2人と演奏する喜びに焦点をしぼった。その瞬間=nowに全身全霊をこめた、ぼくたちのドキュメントを聴いてほしい」
そう、今作は、ドキュメント性も高いですし、ジャズ作として、久々に弾きまくるパットが聴けます。そして3人のテクニックに、口をあんぐり開けました。

では、収録曲について、パットに話してもらいましょう。
「今作では、クリスチャンとアントニオを想定して書き下ろした曲。またアレックス・シピアギン(tr,flh)の『Returning』ために作曲したナンバーを2曲、ぼくにとっては初演した。
〈ホエン・ウィー・ワー・フリー〉が、アルバムのセンター・ピース(中核を成す曲)だ。96年にメセニー・グループのメンバーによる『カルテット』のために書いた曲だが、どうしてもこのトリオで演奏したかった。この曲でのクリスチャンのリズム!アントニオに音空間を渡し、自在にプレイしてもらったから、彼の妙技も聴いてほしい」
アントニオ・サンチェスのこの曲での演奏は、美しく、かつパワフルです。パットがギター・シンセをつかんだ瞬間から、音楽は更なる高揚へと進むのです。
バラードの〈イズ・ディス・アメリカ?〉にも、心を打たれました。
2005年8月、アメリカ南部を直撃したハリケーン、カトリーナはジャズ発祥の地、ニューオーリンズ市にも壊滅的な打撃を与えました。運河の堤防が決壊したため、市の8割にあたる陸上面積が水没し、ルイジアナ州だけで約1500人の死者がでたのです。パットが、次のように語りました。
「被災後、ニューオーリンズに行ったときに作曲した。流された民家が道をふさぎ、逆さになった車の腹がさびかかっているのが見えた。ぼくがその地に立って感じたさまざまな想いを、曲にこめた。エモーションは、ひとつではなく、いつもいくつかの感情がない交ぜになったものだろう? ここでも悲しいだけではない、怒りだけでもない、やりきれなさだけでもない、多くの感情を演奏にこめた」
パットは政治的な発言をしない主義ですが、その実、世界に目を開き、現状を憂える人でもあります。その彼のセンシティヴな内面が、ニューオーリンズの惨状に重なり、聴こえてきます。クリスチャン生む、たっぷりとられた音と音の間、美しいアルコ。アントニオのゆるやかな手の動きに、本トリオの「静」の面を堪能しました。涙をたたえたパットのギターが、聴き手の心をゆさぶらずにはおかないのです。
〈レッツ・ムーヴ〉も、聴きどころ満載です。
「このトリオのために書いた。彼らのテクニックが実にすごい。難しく、しかもテンポも速いが、こういう曲をやりたくて組んだトリオだから!この曲が気に入り、ブラッドとのツアーでも演奏した」
超絶テクニックがあってこそ書ける曲があるとも、パットはいいました。
アントニオ・サンチェスをメセニー・グループに迎えた2002年から、彼を擁したトリオが組まれることは必然でした。一体になって生むグルーヴに、身体をあずけましょう。超絶テクを駆使しながら、それを感じさせないほどの、グルーヴを!
ラスト曲の〈デイ・トリップ〉も、すばらしいでき。
「このトリオのために作曲し、はじめてツアーに出たときから演奏してきた。このトリオ、そしてアルバムを包括するものとして、ぜひ最後に収録したかった。このアルバムで、聴き手を『精神の旅』に連れていけたら、本望です」
3人の交わす会話に、もっと聴きたいという想いをもたせる曲であり、演奏です。
常に行動する音楽家として、パットは「次」につなぐのが大変巧いですね。

今回の場合、その「次」とは、2月から3月にかけて決定している全米ツアーにあたります。
クリスチャンは、パットとの共演を「巨匠の胸をかりるつもりで当初トリオに参加したが、毎夜楽しく演奏できた。もちろん、ベーシストとして真剣にならざるをえない曲ばかりだったけれど」と語りました。
アントニオ・サンチャスは自身のリーダー作を発表し、躍進めざましいのですが、こう語りました。
「パット・メセニー・グループに参加して、ぼくに新たな音楽的地平が開けた。メセニー・グループ参加は楽しくもすばらしい経験だが、このトリオではまた異なり、じかにパットのギター魂にふれた想いだ。パットは偉大なギタリストであるばかりか、実際とっても熱い男なんだ」
その熱いトリオ。日本にも、またやってくるでしょうか。
パット・メセニーは、「ぼくたちのドキュメントを聴いてほしい」と言いましたが、パットのドキュメントは、ジャズの最前線を聴くことでもあります。
その鼓動、息づかいを聴いて、新春から鼓舞されているわたくしなのです。
パット・メセニー
『デイ・トリップ』
ワーナーミュージック・ジャパン
WPCR-12820
2008年02月06日発売


PHOTO : MICHAEL WILSON
写真提供:ワーナーミュージック・ジャパン
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昨年9月来日時のコンサート直後、楽屋前での記念写真。
左から、ソニースタイルの杉山社長、ブラッド・メルドー(p)、パット・メセニー(g)、ヨウ、ジェフ・バラード(ds)、shalalaの堀井さん。