この冬、コムデギャルソンの服を求めました。日本の緋色をしたカーディガンです。わたくしは、コムデギャルソンの「赤」が大変好きで、赤い服の保有率は、かなり高い方だと思います。
本当はピンクのスパンコールがきらめく燕尾服もほしかったのですが、最近パーティはご無沙汰なので、やめました。諦めたとき、「ひよったかなぁ」と、自問しましたね。
わたくしにとって、川久保玲のクリエイションを身につけることは、気合いを着ることと同義です。着られるだけの冒険心を失っていないか、遊び心があるか、そしてそれに似合う身体をしているか。楽しみですが、同時に、厳しい試金石なのです。
オノ セイゲンの音楽を聴くことも、同じような意味合いをもっていると思います。「音楽ジャーナリスト」という衣服をぬいでも、楽しめるか。今でもひとりの「音楽好き」に戻れるか。踊れるか。と、ここにある音楽が問いかけてくるのです。
答えは、YES.
DSDマスタリングされたサウンドを聴いて、今、20年前より興奮しているかもしれません。
下記の一文は、わたくしが書いた1989年発表時のオリジナル・ライナーノーツに、今回少し手を加えたものです。今回再び使いたいといってくれたセイゲンに感謝して、我がサイトにも掲載させてもらいます。

コムデギャルソンから、目を離せないでいる。
この想いは、十数年来、持ちつづけてきたものだ。何を今さら、という声が聞えてきそうだ。でも今さらながら、いや、今だからこそ、コムデギャルソン が気になって仕方がないという思いが、ここ数年、加速度をつけて強くなってきている。
その予兆は、象がひっぱってきた。
1988年春夏のブランド・イメージに、ファッション写真を使うことなしに、象がNYの街をつながってノッシノッシと歩いていく、アンドレ・ケストルの写真を採用した。
この写真から受けたインパクトは、川久保玲がつくった紺のジャケットや穴のあいたセーターに、初めて手を通した時と同じ種類の衝撃があった。美しかった。1988年秋冬は、歯の矯正器具を見せて、大きく笑っている姉妹の写真が使われた。少女たちの父親である、ジム・ブリットの作品だそうだ。技巧からは生まれることのない、大きな笑顔がそこにあった。
これらの仕事は、アート・ディレクター、井上嗣也と川久保玲が出逢ったことに端を発している。
そして雑誌「SiX」の創刊だ。今までに目にしたことのない面白い無駄が、ページのうえで踊っているような「SiX」にも、コムデギャルソン の新しい風を感じた。
新たな風は、もちろん川久保玲のデザインにも吹いていて、1988年秋冬には赤のマジックを見せ、1989年春夏のコレクションではパステル・カラーも登場した。青山に新しく作られた店=空間も、そういった新たな空気を具現して、すごく面白い。
服の斬新さにおもねらない、見やすさがある。店員さんの態度も、驚くほど感じがいい。オーソドックスで、新鮮な喜びがそこにはあった。
そして音楽である。1988年春夏(実際には1987年秋)、オム・プリュス、同コムデギャルソン のパリでのショウから、音楽をオノ セイゲンが担当するようになった。井上嗣也とオノ セイゲン。この二人が、新たなコムデギャルソン の動きをとらえる上で欠かせないキーワードになっていると、わたくしには思えるのである。

さて、このディスクのことに話を進めよう。通常、ファッション・ショーでは、レコードから選曲したコンピレーション・テープが、その時のテーマに添って作られ、使われる。
しかし、オリジナリティを何より大事にするコムデギャルソン は、1988年の春夏コレクションに向けて音楽家の選考を開始。オノ セイゲンに白羽の矢が立てられた。
「誰も、まだ聴いたことがない音楽を使いたい」
「洋服がきれいに見えるような音楽を」
川久保玲から出された、この二つだけの注文を胸に、オノ セイゲンは自由に制作にあたった。Vol.1は1988春夏のコムデギャルソン とオム・プリュスで使われた音楽から、Vol.2は、1988〜1989秋冬のコムデギャルソンのショーで使われた音楽をそのまま収録したものだ。
今回2枚の作品にするにあたって、ダヴィングをやり直し、ミキシングや編集を加え、CDにふさわしい音に衣がえをしての登場である。(中略)
協力しているミュージシャン、録音された場所を考えるとき、ともにセイゲンにしか成しえなかったクリエイションであることがわかる。
Vol.1は、オムの色あいが濃い作品になっている。いい意味で、カドが立っている尖鋭的な作品だ。「ラウンジ・リザーズ」のジョン・ルーリー、「アンビシャス・ラヴァーズ」のアート・リンゼイとピーター・シェア、それにジョン・ゾーンといったNYでも最も先端をいく感性たちが、ここで共演しているのだ。
ジョン・ルーリーの参加した1-5〈ハンティング・フォー・ライオンズ〉は、9月のオム・ショーの後、パリで録音されたものだが、アフリカ音楽を手掛けているロイ・エリックやアブドゥも加わったトラックだ。
1-11「540AM、ヴュー・オブ・エンパイア」、2-13「フィナーレ」は、東京に来ていたジョン・ゾーンとフレッド・フリスに加えて、韓国を代表するユニットであるサムルノリのキム・ドクスとジョン・シル、それに日本の音楽シーンには欠かせないドラマー、山木秀夫が共演した、東京での録音だ。
このように国境も音楽のジャンルも越えた音楽が、ここにはある。音楽のユートピアとでも呼べる音世界が、展開されているのだ。(中略)

バンドネオン奏者、アルフレッド・ペデネーラの参加をえた2-1〈ジュリア〉は、ロマンチシズムがあふれかえるようだ。特にオープニング曲の旋律は、深く甘く心に残る。
そして、その録音後、渡辺貞夫のアルバム『エリス』録音のために、エンジニアとしてブラジルに渡ったセイゲンは、その機会を利用して、ブラジルの伝説的なシンガー、マーレーンを起用するといった離れ技をやってのけた。マーレーンは、美しいプロポーションと張りのある声からは到底想像できないが、80才に近い年齢のはず。
往年のハリウッドでの活躍、若きフランク・シナトラと一緒に載っているスタア年刊から逆算すると、そうなるのだ。2-2に収録されている〈パストリニャス〜バンデイラ・ブランカ〜マスカラ・ネグラ〉での素晴らしいメドレーには、心底聴き惚れてしまった。今のリオのカーニヴァルが失ってしまった、ゆったりしたテンポで歌い奏されるこの曲からは、1940年代のかぐわしいカーニヴァルの香りが立ちのぼってくる。まさに圧巻である。
2-5〜9までに参加しているのは、「ジャズ・パッセンジャーズ」のリーダー、ロイ・ネイザーソンだ。ここでも、今までのオノ セイゲンの作風にはなかった明るい曲調の作品が、楽しそうに演奏されている。
オノ セイゲンは、冒険することの楽しさを知っている。そして彼の耳は、特別製だ。彼は計器が指している数字より自分の耳を信じる、日本では新種のエンジニアなのだ。そのセイゲンの感性と耳、加えて多彩な交友関係が見事に結実したのが、この2枚組のアルバムだ。
ここにある音楽は、音楽のなかにあるさまざまな境界線、要素に縛られることなく、自由な精神で編まれたものである。一つひとつの曲は違ったかたちをしていても、決して別なものではなく、ひとつの大きな環をなすものである。
それは川久保玲のデザインにも通じるものであって、一枚のシャツのデザインだけが素晴らしいのでも、色使いだけがとびぬけているのでもない。全体が送ってくる風、すべてを包む空気こそがコムデギャルソン なのではないだろうか。
それと同じように、このアルバムは、ひとつの空気、吹きとおる風となって聴き手に伝わりくる。その風に吹かれていると、既成のアルバムにはない、新しい喜びに浸ることができるのだ。
オノ セイゲン
『コム デ ギャルソン オノ セイゲン 1』
オーマガトキ ン
OMCA-1083
2008年01月23日発売
オノ セイゲン
『コム デ ギャルソン
オノ セイゲン 2』
オーマガトキ
OMCA-1085
2008年03月26日発売

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オノ セイゲンさんと、Bunkamuraのカフェ・ドゥマーゴで、「CD」と「新書」の交換会。
自転車で登場したセイゲン。「音」の話に、花がさきました。今も、川久保玲さんのショーの音楽は(現在はコンパイルする形で)担当しているそう。
「わ〜、最近見てないから、行きたいわ〜」
「いいよ、パリだけど」
チャン、チャン♪