ジャズ・スタンダードを聴くことは、ジャズ好きにとっては、たまらない楽しみです。どう、演奏家が曲を料理してくるのか、そのミュージシャンの腕をはかる試金石になるからでもあるますし、ただ純粋に、数十年間愛されてきた名曲を聴く楽しさもあります。
でも、その楽しさは、逆に演奏家の立場からすると、むずかしさに直結します。
考えてもみてください。CDショップに並ぶ、往年のジャズ・ジャイアンツの作品群に挑戦状をたたきつけ、自分のクリエイションを聴かせなければならないのですから。その高いハードルを超えてスタンダードを演奏するには、テクニックと歌心に加え、勇気も必要になるでしょう。さらにいえば、自分自身をさらけだしても大丈夫と思える、ゆるぎない自己評価も欠かせません。
まま「若手」とよばれる演奏家は、スタンダードに対峙するとき、複雑なコード・チェンジに走り、「スタンダードをこれほどまでに自分流に変えてやった」と、ほくそえむのです。だが、このやり方は、わたくしに言わせれば、自信のなさと自己主張の強さがないまぜになった産物にすぎず、「感心」をすることはあっても、「感動」をよぶところまでには到達しません。
その点、「東京銘曲堂」は、真っ正面からスタンダードと対峙します。実に、潔いアティトゥードなのです。
疲れた夜、エラ&ルイの横に常備してある、東京銘曲堂のディスクを聴いてきた者として、この彼らの4作目、スタジオ録音では3作目になる『セプテンバー・ソング』をうれしく聴きました。
彼らは、本作でもスタンダード・ナンバーをもてあそぶことなく、そのメロディを大切に演奏しています。それぞれのソングのもつ輝きをみつめ、その輝きのなかに身を投じるようにして演奏し、その光を各曲にまとわせることに成功しているのです。

気に入ったアルバムができた場合、音楽ジャーナリストとしてしたくなることのひとつに、インタヴューがあります。川嶋哲郎(ts,fl)、岡安芳明(g)、上村信(b)のトリオ・メンバーに、まず東京銘曲堂の成り立ちを聞きました。
この3人でスタンダードをプレイしてみたいと発案したのは、岡安芳明でした。彼はギタリストとして独自の道を歩く演奏家ですが、スタンダードにはとりわけ想いが深く、その楽歴でよくとりあげてきました。
上京後、めきめき と腕を上げ、1990年代当時「原=大坂クインテット」に在籍していた川嶋と上村の噂を耳にした岡安は、2人に声をかけました。ここで岡安さんに、回想してもらいましょう。
「1回演奏したら、2人とも大変音楽に忠実で、すばらしかった」
川嶋さんも、次のように語りました。
「3人でやったらすごく感触がよくて、続けたいよね、ということになった。そういう自然発生的な誕生で生まれたトリオだけれど、自然に続いているということが、一番よい状況なのだと思っている」
川嶋哲郎に、このトリオでの演奏意図を話してもらいました。
「ジャズのスタンダードを、フツーにやる。形じゃなく、音だけで伝えることを目指しているんだ。おしゃれにアレンジして演奏するのは、このトリオでは無縁。一音で伝えたい、素材そのものを差し出して、生々しくいきたい。そう願ったとき、本物じゃなくてはできないという壁にぶちあたるが、だからこそ逃げたくない。例えで言うと、晩年のデクスター・ゴードンだ。飾らず、まるで初心者のようにフツーに吹くんだけれど、それが心を揺さぶる。あれが、本当のことなんだと思う。ぼくはソロ、デュオをはじめ、いろいろなグループで活動しているが、東京銘曲堂が(その意味でいうと)最もむずかしい。そう、東京銘曲堂は、王道をいく、『王道トリオ』と言えるかもしれないね」

1999年に結成された東京銘曲堂は、以来不定期ではありますが、高い人気を誇り、活動を続けてきました。2000年にリリースされた、川嶋哲郎名義の『バーニン・フォー・ナイツ』(キングレコード)が、実質的な第1作で、01年に東京銘曲堂を名乗り『ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ』(EWEレコーズ)をリリース。03年には初期のライヴ音源から構成された『ファースト・ライヴ』(JAZZBANK)、06年に『クライ・ミー・ア・リヴァー』(M&I)を発表しました。
その間に、川嶋、岡安、上村がとげた前進が、本作にもなっています。それは、これみよがしなふるまいではないために、聴き手にはわかりにくいかもしれないのですが、頭ではなく心で聴くとき、明白になります。
川嶋の、率直な歌いっぷり。
岡安の、かぎりなく優しい音色と演奏。
上村の、感性と知性のバランスの妙。
誰もがすぐれたテクニックの持ち主でありながら、誰も、それをひけらかそうとはしない。ここでは、いつも主役は「スタンダード」なのです。その3人の音楽への献身が、一層はっきり顕われたのが今作『セプテンバー・ソング』だと、わたくしは感じています。
それぞれのミュージシャンに、ほかの2人のメンバーについてと、東京銘曲堂について語ってもらいました。
まずは、川嶋哲郎から。
「岡安さんの力が大きい。王道のギターだから。岡安さんは、一番いい音はこうだという、確信をもっている。このトリオでは唯一アンプを使っているわけだが、音量を適正に設定し、決して上げすぎない。そんな一事でも、実際はなかなかできないことなんだ。
上村信は、アマチュアだった名古屋時代から一緒にやってきた人。世界一、安心感がある。変な味つけをせずに、プレーンな味で、美味しいものを作る。やはり王道をいくベーシストです」
岡安芳明は、次のように語りました。
「3人でいいメロディを探してレコーディングに臨む。でも川嶋くんが吹いて、はじめてイメージがわく。すばらしいサックス奏者だ。
彼と信くんは、音楽に対する真面目さで群を抜いている。ツアーに出ても、信くんの部屋の前を通ると、練習している音が聴こえてくる。謙虚に音楽に向かう。それがこのバンドのすばらしさだと思う。
ジャズ・スタンダードをフツーに演奏することは、実力を試されることで、ミュージシャンにとっては怖いことだけれど、彼らがいれば何も怖くないと思わせてくれる2人だ。東京銘曲堂は、アルバムを何枚作っても、飽きることがない」
上村信も、こう語りました。
「岡安さんは、一緒にやっていていつも楽しい。ツアーなどで毎日共演していても、それぞれの曲で楽しませてくれる。
川嶋くんとは名古屋時代からのつきあいで、彼のプレイするスタンダードが好き。お互いに尊敬できる点と、このグループについての方針が同じだということが、東京銘曲堂を前に進めているんだと思う」
今作では、10曲のスタンダードが選ばれ収録されました。今回も30曲ほど候補があったそうですが、最終的には川嶋が吹いてみて、気に入ったらレコーディングするという方式がとられたのです。
「ぼくの役割が、歌うことですから」(川嶋)
では、歌い手、川嶋哲郎のことばを借りながら、印象的な曲を簡単に紹介をしていきましょう。
●ひまわり
冒頭の〈ひまわり〉は、ヘンリー・マンシーニが名作「ひまわり」の映画主題曲として作曲したものです。「ぼくが吹いていて、涙が出る」のが、選曲理由。この曲との出逢いは、聴衆からのリクエストでした。リクエストには好き嫌いの先入観を捨て、なるべく応えるという川嶋さん。演奏してみると、さすがという曲が多いそうですが、この〈ひまわり〉もその好例でした。
●フールズ・ラッシュ・イン
1940年にジョニー・マーサーが作詞し、ルーブ・ブルームが作曲したバラード。原曲はブルームが以前に作曲した〈シャングリラ〉です。フランク・シナトラが得意にしたナンバーでもあります。
誤解をおそれずに書くと、川嶋さんは歌詞にはあまり執着しないで曲を選んだといいます。
「メロディがもっている強さだけで、どれだけ感動があるか、そのことに特化して選曲した。有名な曲なので、天気予報のバックに流れていたりもするけれど、そんなときに聴いても、さりげなくてもゾクッとする曲。今回はバラードではなく、フツーのテンポで演奏したが、最もむずかしかった。ということは、ジャズの醍醐味があるということだろう」
●ディア・オールド・ストックホルム
原曲は北欧の民謡だが、マイルス・デイヴィスはじめ、多くのジャズ・ジャイアンツがレコーディングした名曲。川嶋のメロディをむかえるまでの、上村の演奏にすでに心をわしづかみにされる。
「岡安さんの選曲で、全体のバランスをみて選曲した」
ここでは、特に上村信のすばらしさがよく伝わってくる。
●ストライク・アップ・ザ・バンド
ジョージ・ガーシュウィンが作曲し、ジャズ・ミュージシャンにも広く愛された曲。3人の一体となったスウィングが、聴き手を楽しませます。岡安さんのギターが、ジャズの楽しさを満載して演奏されるのです。
「速いテンポの曲も入れたく、収録した。宮沢明氏が必ず演奏していたから、思い出深い。明るく楽しく、昔から好きな曲だ」
●セプテンバー・ソング
クルト・ワイルが作曲し、マックスウェル・アンダーソンが作詞した1938年のミュージカル「ニッカー・ポッカー・ホリデイ」のナンバー。
5月から12月までは、長い、長い時間。でも、9月を迎えると、残りの日々はあっという間にすぎさっていく。だから貴重な残りの日々を、あなたとすごしたいと歌う、美しいソングです。
川嶋さんのフルートが、巧まずして、歌詞のもつ人生哲学を清明に歌います。
「上村さんが推薦してくれた曲で、実はぼくは知らなかった。テナーで吹いてもピンとこなかったので、フルートで演奏してみたら、よさがでた。この曲のフルートでの演奏は、あまりないかもしれない」
その余韻が、夜を充たすとき、わたくしたち聴き手は、安堵のため息をつくのです。あぁ、今日もいい一日だった。今日も生きていてよかった。聴き手をそんな気分にいざなうのは、この3人の真心が伝わってくるからでしょう。
わたくしは、東京銘曲堂の今後に期待しています。ある種、完成している3人にいうことではないかもしれませんが、彼らなら、まだまだ先に進むだろうと思えるからです。
川嶋も、岡安も、上村も、それぞれのときを真剣に生きるミュージシャンです。東京銘曲堂のスタンダードが、温故知新でありながら、常に新鮮なのは、彼らの生き様がそうさせるのだと、この率直なスタンダードを聴きながら思ったのです。
東京銘曲堂
『セプテンバー・ソング』
M&I MUSIC
MYCJ-30458
2008年03月19日発売
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権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。 |


2006年、川嶋さんと。