ノラ・ジョーンズが、映画初出演にして主役をつとめた映画、「マイ・ブルーベリー・ナイツ」が公開されています。
香港の人気監督、ウォン・カーウェイ初の英語作品にあたるこの映画と、ノラの声について、今日は書きたいと思います。
そもそも、カーウェイがとった大人のメロドラマ「花様年華」(2002年)が好きだったというノラ。わたくしも、好きな映画です。色の使い方と、空間を見せることに長けた監督だと思いました。
監督から出演の打診があったとき、ノラは「演技はまったくできないけれど、カーウェイがどんな風に映画を撮り進めていくのか、見てみたい」と思ったそうです。
声をかけたほうの、ウォン・カーウェイ監督は、以前からノラの声が(好きという以上に)気になっていて、「その声を起用したかった」と語っています。
「マイ・ブルーベリー・ナイツ」は、同じウォン・カーウェイ監督の作品でも、「花様年華」のようなしっとりした作風ではなく、「恋する惑星」(1994年)に近い可愛い作品で、恋がはじまるまでを描いた映画です(このテーマもまた、カーウェイのおとくいのひとつです)。なにせ、キス・シーンが2回しかない映画なのですから。
映画は、こんなストーリーです。
失恋したエリザベス(ノラ・ジョーンズ)が傷心をいやそうと、夜な夜な通うカフェがあります。そこの店主が、ジュード・ロウ。彼が、エリザベスに勧めるのが映画のタイトルにもなったブルーベリー・パイです。
2人は惹かれあうのですが、以前の恋をひきずっている彼女は、前に進めず、かといって後戻りもできず、誰にも告げずに旅にでます(旅に出る前に、初めてのキス)。
彼女を待ちながら、店主はニューヨークから、彼女から届く葉書をたよりに、立ち寄りそうな場所に電話をかけまくります。
ノラ演じるエリザベスは、ウェイトレスとして働き、アル中警官や、女ハスラーとの出逢いを通して成長していきます。
そして、やっとニューヨークに戻り、例のカフェに足を運ぶと、ジュード・ロウが彼女の帰りを待っていました。で、ここで2度目のキス。
初回も2回目も、カウンター越しのキスですが、めでたし、めでたし。
おとぎ話風ハッピーな展開に、「あり得ない!」「あのハンサムなジュード・ロウがニューヨークで店をやっていたら、ガールフレンドができないはずがないじゃない」と騒ぎたいところですが、かく申すわたくしも、本音はハッピーエンドが大好き。
このインターネット時代に、エリザベスが店主に葉書を書き続ける設定もロマンティックですし、撮影されたメンフィスやラスヴェガスの風景が、とてもノスタルジック。惹かれあいながら、すぐには結ばれないストーリーも古風といえば古風ですし、全編をみたすノスタルジーがすてきだと思いました。
2人の間に物理的な距離をおくことで、心の距離が近づいていく。カーウェイは、その過程を描いたのですね。
そういう経験はわたくしにはなく、遠距離恋愛をNGにした経験があるわたくしですが、これは遠距離恋愛の映画ではなく、恋を始めるためにまず距離をおく、という話なのです。
ウォン・カーウェイ監督が語っています。
「これはロード・ムーヴィーではなく、距離の物語なんだ」

「どうして、ずぶの素人であるノラ・ジョーンズを抜擢したのか?」と聞かれて、カーウェイが答えています。繰り返しになりますが、冒頭よりくわしく書きましょう。
「一番惹かれたのは、声だった。ある意味でノラの声はとても映画的で、まるで上質な楽器だ。彼女の声を聞いただけで、映画を観なくてもストーリーがわかるんだ」
監督がいいたいことが、わたくしにはよくわかります。わたくしも、彼女の声はスペシャルだと、デビュー以来思ってきたからです。
デビュー作『ノラ・ジョーンズ』(2001年)と、『フィールズ・ライク・ホーム』(2004年)で、総計3000万枚を売り上げたこのシンガーの魅力は、「声」につきます。ノラの声には、現代らしいドライな空気感と、憂いが絶妙なバランスで共存しているのです。
ジャズというカテゴリーから登場してきた彼女ですが、その実、ノラの歌声にはカントリー&ウエスタンの粒子が充ちています。そこがアメリカ的で、ノラは現代のアメリカ代表といった声の持ち主なのです。
インドの高名なシタール奏者、ラヴィ・シャンカールを父にもちながら、母子家庭で育った彼女。一躍有名になっても、着るものや人に対する態度が変わらず、「このウェスタン・ブーツはデビューのときからずっとはいているのよ」と笑う、そんな背伸びをしない女性です。
ステージに立つときも、ジーンズ姿で、愛想がないと感じるほど、フツーに出てきてピアノの前に座り、フツーに歌って終わる。つまり、それまでフツーとされていた、エンターテインメントがないのですが、それでもノラが売れに売れたため、それもひとつのスタイルだということになり、後進に(エンターテインメントしなくていいという)影響も与えました。
そんなノラの、第3作『ノット・トゥ・レイト』が今年初頭にリリースされましたが、そこにもカントリーの要素があふれていました。
先の2作で、彼女は音楽業界をすでに変えていました。先ほどの、愛想とジーンズのこともそうですが、ノラ以降、各レコード会社は新人発掘マニュアルを大幅に変えたのです。
「ブロンドでなくてもよし、歌い上げなくてもよし、ジーンズでもよし」

売り上げ実績3000万枚という数字がプレッシャーにならないはずはありません。そこでノラがどうしたかというと、彼女はマンハッタンにアパートメントを買い、自宅スタジオを作り、そこで音楽仲間と曲を作り、時間を気にせず音楽三昧をするという生活を始めたのです。そうして3年。
その積み重ねが、第3作『ノット・トゥ・レイト』になりました。
全13曲中11曲を ノラ自身が書き下ろしていることが、それまでの2作との大きな違いになりました。以前から、「等身大の歌を歌う」という評価をえてきた彼女ですが、今は、同じ「等身大」の歌でも、その「身」の大きさがちがうのです。
音使いが面白い〈ノット・マイ・フレンド〉は、いじめ反対の歌。
ピアノの弾き語りで、はじめて政治的なことを歌った〈マイ・ディア・カントリー〉。以前は複雑な少女の心境が綴られた曲が多かったのですが、このアルバムで、ノラは初めてソング・ライターとして広い視野をもったのです。
ノラ・ジョーンズのカントリーの粒子が充ちた声は、アメリカでなくては、生まれなかったものなのだと思います。そして、これからも自分の痛みを、つまりアメリカでしか生まれ得なかった痛みを、その柔らかい歌声にのせて歌っていくことでしょう。
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』
アスミック・エース
全国にて公開中!
© Block 2 PICTURES 2006
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権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。 |
大学が春休みにはいったので、3月にまとめて出張をしてきました。最も長い旅になったのは、カナダ西海岸、ヴァンクーヴァーへの旅でした。
といっても、この旅は、コーヒー・ビジネスに携わる夫の出張に、通訳として同行したものです。「雨が多いのが、この美しい街の唯一の難点」と聞いていましたが、雨が多いから、街や近郊の緑が元気満々なのでしょうね。海に面し、山を背景にした街の落ちついた雰囲気に、くつろぎ、いつもより深い呼吸をした旅でした。
くつろいだ雰囲気ではありますが、活気もあり、それは2010年の冬期オリンピックにむけて、再開発が進んでいるためでした。
今回は、ラテ・アート・コンテストに審査員で参加し、コーヒーのカップのなかで、こんなこともできるんだと知る、驚きの体験もしてきました。東京でも、7月5日にラテ・アート・コンテストが開催されるそうだ。腕だめしをしてみたい人は、参加してみたら楽しいだろう。(問い合わせ先:
http://www.blenz-japan.com/)
お食事がおいしかったのも、ヴァンクーヴァーでうれしかったことのひとつ。ぜひまた訪ねたい街のひとつです。

ヴィクトリア・パークで、先住民伝統のトーテム・ポールの前で |
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ヴィクトリア・パークから望む、ヴァンクーヴァー

全米大陸チャンピオンで指導にもあたっているレイラさん |
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ラテ・アート・コンテストの参加者は、各自3つのカップを作り競い合う |
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入賞者の面々 |
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BLENZ COFFEEのラテ・アートの審査員をつとめる |
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人気の高い図書館の前で(フリーWiFiで飲み物を自由にしてから利用者数が各段に上がった) |
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BLENZ COFFEE創設者でもある、3人の友人たち。左からジェフリー、セイラ、ブライアン |
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クィーン・エリザベス・パークの中にあるシーズンズ・イン・ザ・パークで |
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