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中川ヨウのミュージック・ダイアリー

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秋吉敏子とルー・タバキンの「夫唱婦随」デュオ

[2008.07.04]
 秋吉敏子とルー・タバキンが、2人だけでステージに登場しました。公私にわたる永年のパートナーであるお2人ですが、デュオでステージに立つのは、これが世界初演なのです。6月8日に五反田ゆうぽうとホールで行われた、「JAZZ ELITE 2008 〜世界のスーパー・レディ〜」最終日でのことです。
 秋吉+タバキンのデュオの他にも、イタリア出身のロバータ・ガンバリーニ、オーストラリア出身のジャネット・サイデルというシンガーも出演した、当夜のコンサート。どのミュージシャンも個性豊かですばらしかったのですが、胸に迫ったのは、秋吉+タバキンの初演デュオでした。
 秋吉さんは、2006年に米ジャズ界最高の栄誉とされる国立芸術基金(NEA)よりジャズ・マスターズ賞を日本人として初めて授与された作曲家/ピアニストです。それ以降も活発な音楽活動を続け、ニューヨークと東京を頻繁に往復されています。
 女性の年齢を書くのは野暮ですが、御年78歳です。今も変わらぬ研鑽、スッと伸びた姿勢、そして前向きなアティトゥードと、どれもが彼女の年齢を忘れさせる要素になっています。
 その夜は「デューク・エリントンに捧ぐ」と題して、エリントン・ナンバーが演奏されました。
 彼女のスウィングするピアノとともに、夫君ルー・タバキンが、テナー・サックスとフルートで豊潤なストーリーを語りつぐ。なんと、楽しいデュオなのでしょうか。難解さとは無縁、平易なことばでジャズの喜びが語られていく様は、真の音楽家にしかできない技でした。

 1970年代前半からビッグバンドを共に率いた夫妻ですが、この度初めてデュオに挑んだ、デューク・エリントン作品集『ヴィンテージ』がリリースされたばかり。その発表を機に、その夜もエリントンづくしのプログラムが組まれたのでした。
 2人は躍動と奥深いエモーションをもって、エリントン楽曲の魅力を抽出していきます。その結果、エリントンだけに捧げたのではない、ジャズ全体へのオマージュともいえる、シンプルにして奥行きのある、デュオでありながら壮大な音楽が繰り広げられたのです。

 タバキンのフルートの美しさ、抜群のタイム感。またマイクから自身が離れ、小鳥がさえずるような音色を聴かせるなど、細やかな工夫が音楽に光をあてていきます。
 〈セルフポートレイト・トゥ・ビーン〉という曲でも、タバキンはマイクから4、5歩下がったところで、つまりピアノに近寄ってテナーを吹きました。たっぷりした音量をもつ彼が、音楽的効果をねらったことは明白ですが、その様子が、歳月を共にした夫婦がふと寄り添う姿に見えて、心が温かいもので満たされました。

 タバキンの演奏が男らしい率直な語り口で、ダイレクトに聴き手に届くので、彼のサックスとフルートの魅力を再発見するよい機会にもなった今回のコンサート。
 そして対等な音楽的立場に立ちながらも、タバキンのためならバッキングもいとわない、秋吉敏子の女性としてのしなやかな側面に接し、その点にも大いに心を動かされたのでした。「夫唱婦随」をあえて選択した秋吉敏子の、「大和撫子」としての心意気に動かされたのです。
 新作『ヴィンテージ』にも、同じことを感じました。
 〈ジプシー・ウィズアウト・ア・ソング〉の冒頭の素晴らしさ。〈ユーロジー〉のニュアンスの深さ、〈コットン・テイル〉での2人の高速ユニゾンの楽しさ。タバキンがソロで奏した〈イン・ア・センチメンタル・ムード〉での魂が飛翔するかのような演奏と、改めてタバキンの素晴らしさにも目を見張る、いい機会になったのです。

 秋吉敏子とエリントンの縁は浅くありません。エリントンが逝去した頃、苦悩の時代をすごしていていた彼女が、日本の文化をジャズに融合させようと発心するのです。拙書「ジャズに生きた女たち」に詳しく書きましたが、ここでもう一度彼女のことばを引用します。
 「尊敬するエリントンの音楽に、彼のアフリカン・アメリカンとしての誇りが根付いていることに気がつき、日本人であることもマイナスなばかりではない、財産なのだと気づいたのです。そこでわたくしは、日本の文化をジャズに融合させることを真剣に考え始めました」
 ここにある音楽には、エリントンを含めた三者の誇りが息づいています。エリントンだけじゃない、秋吉敏子にも、タバキンにも谷も山もあり、苦難の時代を乗り超えさせた自身のアイデンティティへの誇りがあるわけです。その誇りを基盤にしつつ、ジャズの楽しさが香り立つアルバムになっている。そこが、すばらしいのですね。

 今、こういうデュオ・アルバムを作ってもらいよかったと思います。『ヴィンテージ』とは、ワインの収集家でもあるお2人にふさわしい、タイトルではありませんか。歳月を経ることで生まれる、芳香や味わいがあるのです。
 この『ヴィンテージ』の企画の的確さを思い、夜になると聴いているわたくしですが、ワインにあうのは、いうまでもありません。

秋吉敏子とルー・タバキン
『VINTAGE』

株式会社ティートックレコーズ
TTOC-0014
2008年6月18日発売

権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。

【一本主義「万年筆」】

わたくしの物持ちがいいのは、小学校の担任だった高橋元夫先生の教育が影響していると、改めて思うことがありました。
過日、先生の古希のお祝いの会を開いたとき、クラスメイトと話していて、大いに納得。ランドセルは皆6年間使いましたし、定規は当然。筆箱はセルロイド製で割れやすかったのですが、セロテープで貼って6年間。下敷きも、同じく貼りまくって、6年間使ったという強者もいました。段ができてしまい、役に立つ下敷きにはならなかったでしょうが、それより「大事に長く使う」方が重要だと、我々は思っていたのです。
卒業するとき、先生が、6年間使ったものを讃え、一人ひとりに「よく使ったで賞」をくださいました。だから、長く使うと褒めてもらえると、DNAにしみついた。
会社の社長をしている友人2人が、ウソっと驚く古いケータイの機種を使っていたことも、決して子供の頃の教育と無縁だとは思えませんでした(笑)。ほんとうは、その2人の写真+ケータイを載せたいのですが、社会的にマズい、とのこと。
今回は、わたくしの万年筆の「一本主義」のお話。
この万年筆は、14年前に、お世話になっている折舘先生にいただいたものです。うれしかったし、好きな緑。おまけに大変書きやすく、「この万年筆のなかにわたくしの脳みそが全部入っている」と言っていたのも、あながち嘘ではありません。書いてみて、初めて自分の考えがわかる、ということがよくあるからです。
とは言っても、プロの物書きが万年筆を14年間使うには、工夫が必要で、何度も修理に出しました。今回も1ヶ月入院し、ボディを新しくして、無事手元に戻ってきました。
手にしてみると、やはり、これだと。手元に戻ってきて、うれしかったですね。
一瞬浮気を考え、青山の「書斎館」に行きましたが、待っててよかった。
また、これからもよろしくね。いいものを、書かせてね、と、万年筆に話しかける、妙なわたくしであります。
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