数年前のことです。当時ソニースタイル・ジャパンの社長で、本書の、平凡社新書とウェブ・サイトとの連動企画を推し進めてくださった、佐藤一雅さんから訊ねられました。
「娘に、ジャズってなぁに?と聞かれたのですが、何と答えればよいのでしょうか」
わたくしは、答えに詰まりました。簡単には、答えられなかったからです。数年越しの「答え」を探して、ここにジャズとは何なのかを、書きたいと思います。これは「ジャズに生きた女たち」を読んでいただくにあたっても、大切なことですので、しばらくおつきあいください。
まず、残念なお知らせがあります。ジャズの明確な定義は、実はないのです。
ジャズは、19世紀後半にアメリカ合衆国南部で誕生し、19世紀末にルイジアナ州ニューオーリンズを中心とする場所で花開いた音楽です。
でも、それはまだつぼみでした。創成の時代にブルーズ、ブラック・スピリチュアルと関わり、クラシックの影響も受けて生まれたジャズ。その後、多くの変化を経て、ジャズは他の音楽ジャンルにはみられない、多様な枝葉を茂らせてきました。
ラグタイム、ディキシーランド・ジャズ、シカゴ・スタイル・ジャズ、スウィング、ビ・バップ、クール・ジャズ、ハード・バップ、プログレッシヴ・ジャズ、フリー・ジャズ、フュージョン、アシッド・ジャズにクラブ・ジャズ。
ジャズはその時代とともに生き、変化を続けている音楽です。そして、新たに生まれたスタイルに、周辺の人々が名前をつけるのです。
「ジャズの歴史〜その誕生からフリー・ジャズまで」(音楽之友社)という大著を書いたフランク・ティローは、次の七点を、ジャズに共通する特色としてあげています。引用してみましょう。
| 1) | グループ、またはソロによる即興演奏 |
| 2) | 合奏に組み込まれるリズム・セクション(ふつうはドラムス、ベース、ピアノやバンジョー、またはギターのような和音楽器の、三種の楽器の組み合わせによって作られる) |
| 3) | シンコペーションをもつ旋律や、リズム形がよりどころにする等拍のビート・リズム(この点を強調するために、付加リズムが使われる) 【注:付加リズムとは、小さな単位の拍を付加しながら、より大きなリズム・グループを組織するやり方です。】 |
| 4) | 演奏においては、ポピュラー歌曲や、ブルースの形式に基礎をおく |
| 5) | 旋律を構成するためにブルース音階を頻繁に使うが、主音のはっきりした、機能和声の組織をもっている |
| 6) | ジャズを特徴づけるヴィブラート、グリッサンド、アーティキュレーションなどの演奏上の特色と、歌唱と器楽の双方にみられる音色上の特色 |
| 7) | 作曲によって音楽を作るのではなく、演奏によって音楽を作っていく美学 |
ティローは、続けて書いています。
「ジャズのみに特有で、特徴あるサウンドや精神的本質は、これらの要素を、さまざまに組み合わせるところに生まれるのである」
難解でしょう?ジャズの定義が、このように難解だったら、めんどうくさがり屋のわたくしが好きになると思いますか?
では、グラミー賞はもとよりピューリッツァー賞も受賞しているトランぺッターで、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラを率いるウィントン・マルサリスは、何といっているでしょうか。
「ジャズとは、ブルーズをもとにしたメロディ、ハーモニー、リズム、テクスチュアを即興の流れのなかでやりとりすることだ。音楽の流れは、それぞれの要素をうまく組み合わたり、集めたりしてできる。まるで、時の流れのようにね」
ウィントンは、そう故郷のニューオーリンズのアクセントで語りました。もっと具体的に話してほしいと頼むと、彼は小冊子がおいてある場所を視線で示し、読みあげるようにいいました。ジャズ・アット・リンカーンセンターがジャズ教育のために制作した「教師ガイド」(1998年)が、テーブルにありました。
「ジャズは、ブルーズとスウィング抜きには語れない。このブルーズ、スウィングに加えて、リズム、和声、メロディ、即興がジャズの基本要素である」
それぞれの要素についても、書かれています。たとえばスウィングについては、こうです。
「スウィングはジャズの基本だが、定義するのは難しい。ほとんどの場合、リズムのことを指しているが、スウィングは楽譜にあらわすことのできないフィーリング、リズムの弾みである。しかし、リズムだけではスウィングとはいえない。音色、アタック、ヴィブラート、イントネーションなどもふくめてスウィングが作られるのである」
ではリズムとは?生徒用に編まれた教本から、引用します。
「リズムは、拍を刻み、音楽を躍動させます。ジャズを車にたとえるなら、エンジンのようなものです」
原文では機関車にたとえられていましたが、車におきかえました。即興演奏については、その場で音楽を作ることで、それは会話に似ていると書いてありました。
「ジャズとはその場で作られる音楽だと思っている人がいますが、それは本当のところ、正しくありません。通常は決められたコード進行があります(ある和音がある順番で進行し、曲を形づくること)。ジャズ・ミュージシャンは、この和声進行にしたがって、メロディやソロを演奏します。即興は、ときに人を驚かせるような要素をとりいれます。というのも、ミュージシャンは自身の即興ストーリーを頭に描いており、即興のときこそ、個性を発揮するチャンスだからです」
ウィントン・マルサリスは気質的にきちんとした人なので、「即興ストーリーを頭に描く」と述べていますが、それには異論があります。コード進行はちゃんとあっても、即興演奏は、あくまでその場、そのときに創作されるべきものだとわたくしは思うからです。ジャズはつねに「今、ここ」に生きる音楽なのです。そんなこといっているから、ジャズが面白くなくなってしまうのです。
つい熱くなり、失礼しました。
即興演奏こそ、ジャズを特徴づけるものだと思っていたのですが、調べてみるとそうともいえないのです。クラシックでも、今でこそ(一部の現代音楽をのぞいて)即興演奏はしませんが、バロックやルネッサンスの音楽、あるいは他の時代でも即興演奏は散見されるのです。
先のティロー説のリズムについて書かれた記述に戻れば、等拍のリズムは行進曲やクラシックの交響曲にもみられますし、付加リズムはアフリカの打楽器演奏だけではなく、14世紀のフランス・ポピュラー音楽でも使われていました。
ジャズの教本では、ジャズの定義を「即興演奏と、スウィング」で語ろうとするものが多いようです。ですが、ジャズ・アット・リンカーンセンターでも、即興やスウィングの定義は、失礼ながらこの程度です。ことばにするのが難しいだけではなく、スウィングについて語りあってみると、そのミュージシャンで捉え方がちがうことに驚かされるのが実情です。
ブルーズは、歴史的にいえば、ジャズのお兄さんか親切なおじさんでしょうか。ちなみに、「ブルース」とよぶとアメリカでは通じないので、本書では楽曲の名前以外は発音にのっとり「ブルーズ」と書くことにします。そのブルーズについては、いずれ本文で書くことをお約束します。後にまわすのは、歴史的経緯を書かなければ、ジャズもブルーズも何たるかをつかめないからです。
「でも、じゃジャズって何なのよ!」
あなたの怒りも、ごもっともです。相倉久人氏が、「ジャズの歴史」(新潮新書)で、喝破していました。
「歴史をさかのぼっていって、いつかどこかで創成期のジャズ、100年前のニューオーリンズ・スタイルにたどりつけば、それは『ジャズ』なのです。つまり、ジャズの定義はそうした歴史とのからみでしか成立しないということです」
わたくしも、この説に賛同する者です。スッキリしました。この明晰な説を相倉さんが唱えてくださったので、この原稿も書けているというわけです。
よろしいでしょうか。もう高校生になった、佐藤一雅さんのお嬢さん。ジャズは「その源を訪ねると、20世紀初頭ニューオーリンズで生まれた音楽に結びつく、音楽全般」を指すのです。
では、そのジャズ・シーンで、女性ジャズ・ミュージシャンはどのような活躍をみせたのでしょうか。
ジャズという名前もない1820年代から、ニューオリンズのコンゴ広場で、何人かの「ブードゥー・クイーン」が誕生しました。でも、彼女たちをジャズ・ミュージシャンと呼ぶには無理があります。
約80年後、創成期のジャズ・シーンでは、ピアニストとシンガーのみが、女性に振り当てられた役割といった感がありました。その潜在的傾向は、実に長く続くことになるのですが。
ジャズ史に重要な足跡を残した最初の女性ミュージシャンは、リル・ハーディン・アームストロングでした。彼女はピアニストで作曲家でもあり、バンド・リーダーをつとめ、たまには歌も披露しました。キング・オリヴァーのバンドから、ルイ・アームストロングのホット・ファイヴに移り、ルイの妻でもありました。本書「ジャズに生きた女たち」は、そのリル・ハーディン・アームストロングからスタートしたいと思います。
1920年代からは、女性管楽奏者が登場しました。レスター・ヤングの姉でサックス奏者のイルマ・ヤング、トランペット奏者のダイア・ジョーンズやドリー・ジョーンズなど、少数ですが名前をあげることができます。
その後、1930年代から1940年代にかけては、スウィング・ブームにのって、メンバーがすべて女性というビッグバンドが流行しました。なかでも高い人気を誇ったのは、アイナ・レイ・ハットン&ハー・メロディアースと、インターナショナル・スイートハーツ・オブ・リズムでした。数多くの女性ビッグバンドからすぐれたソリストが登場したことも事実ですが、それでも観客は音楽より見た目を楽しんでいた傾向が強く、現代の女性ミュージシャンと同じ地平で語ることは難しいと思います。
この時代になると、男性奏者と同等か、それ以上の創造性と演奏を聴かせる女性ミュージシャンが現れますが、そのひとりがメアリー・ルー・ウィリアムスでした。彼女のことは、第二章で書きたいと思います。
女性であるハンディ、そしてアフリカン・アメリカンであるハンディは、時代とともにほんの少しずつ軽減していきますが、そういった負を背負いながらも、ジャズに生きた女性たちが大勢いたのです。ジャズ史のなかで、その時代を象徴する八名をとりあげ、その人生を書くことで、ジャズの通史もみえてくるものにしたいと本書に取りくみました。
それでは、「ジャズに生きた女たち」の世界へ、ご一緒しましょう。
