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中川ヨウのミュージック・ダイアリー

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エピローグ:21世紀のジャズ・ウィメン

[2007.12.26]

 音楽は、当然のことではありますが、社会の動きと連動して変化します。変化の要因になるのは、通信、交通、メディアの三要素です。

 メディアに関しては、SPレコードと呼ばれる78回転盤(毎分78回転、片面の収録時間3分前後)から、1940年代終盤に、直径12インチ盤(30cm、毎分33回転)のLPが発明されて、収録可能時間が10倍近くに延び、長尺の曲が吹きこめるようになりました。

 このことが、ジャズの進化に貢献します。時間の制限を気にしないで演奏した即興が、レコーディングされることになりましたし、デューク・エリントンなどが熱心に組曲を作曲し、録音します。

 1980年代中盤にコンパクト・ディスク(CD)が普及してからはさらに長く、約70分おさめられるようになり、音質的な好みはあるものの、文字どおりコンパクトになりました。2007年末現在、音楽のインターネット配信が日本でも盛んになり、音楽メディアは、さらに変化していくことが予想されます。

 交通では、第二次大戦後、飛行機で他大陸へ比較的簡単に渡れるようになり、多くのジャズ・ミュージシャンがヨーロッパで演奏するようになります。なかには、アメリカ本国より人種差別がなく、ジャズへのリスペクト度も高いヨーロッパでの生活に平安を覚え、当地に住む演奏家も現れました。

 ミュージシャンが、世界をツアーするようになりましたから、アメリカ以外に居住するミュージシャン志願者、世界のジャズ・ファンが「本場のジャズ」にふれる機会が生まれました。通信の発展も寄与し、ジャズは世界にひろがり、世界各国でその種をまきました。そして、その国の独自な文化を土壌に、さまざまな花を咲かせてきました。

 1980年代になり、それまで音楽のうちにあった、さまざまな境界線=ボーダーが、薄くなります。ちょうどベルリンの壁が壊され、ソビエト連邦が崩壊する時期に、音楽のボーダーレス化が進んだのも偶然の一致ではありません。

 既存の境界線がどんなものだったかを、ここで書いておきましょう。まず、大衆音楽/芸術音楽という壁。前者はジャズをふくむポピュラー音楽を指し、後者はクラシック音楽を指すわけですが、クラシックのほうが上位に位置しているという考え方は、今ではほとんどなくなりました。

 また国、世代間にも、それ以前ははっきりとしたボーダーがあり、アコースティック楽器とエレクトリック楽器の間にもありました。「電気楽器」を音楽にもちこもうとすると、そこではいつも騒動が起こりました。今では、エレクトリックでも有機的な使い方をするミュージシャンも増え、エレクトリックか否かが、その音楽の興奮度をはかるものではなくなりました。

 ジャンルという境界も、どんどん曖昧になってきました。それはもともと、米ラジオ局やレコード店の便宜のために作られたものでしたが、そのジャンルに自ら縛られ、自身の表現を制限するミュージシャンもいたのです。

 ジャズは、1990年代にはヒップホップと結びつき、また離れ、次には若者の遊び場所であるクラブで好まれる“クラブ・ジャズ”へと移っていきます。大ざっぱに言えば、ジャズが「何でもあり」の世界に突入したのです。

 ジェンダー/性差も、そんな壁の一つでした。

 ドラムや管楽器は「男性的」なものだとする考え方があったのは、ご存知のとおりりです。「女性らしい」とされるヴォーカルやピアノに女性ミュージシャンが集中していました。

 1980年代になると、女性の権利が確立したことと呼応して、ジェンダーに対して開かれた味方がされるようになり、性差の壁もぐっと低いものになりました。そこには当然男性からの視線の変化もありましたが、女性自身が、自らを見る目が変わったことも大きな要因でした。当然、そこには個人差は存在します。男性と同じように、楽器奏者でもうまい人と、そうでもない人がいます。また、テナー・サックスやバリトン・サックスのように体力を要する楽器は、体格的に女性には向きにくいものもあります。でも、管楽器やドラムといった、以前は「男性的」とされ、女性には奨励されなかった楽器を、多くの女性が手にとるようになりました。

 アメリカでは、ドラマーのテリ・リン・キャリントンがすばらしい演奏を大御所たちと披露しています。ダイナミックでありながら、どこかに母性を感じさせるその演奏で、ジェンダーをこえて多くの聴き手を魅了しています。また、オーストラリアには男性と同数に近い著名なウッド・ベーシストが存在します。

 日本でも、大学のビッグバンドには女性管楽器奏者が多数いますし、多くのアルト・サックス奏者がプロとして活躍し、数は少ないものの、女性トランペット奏者が人気を博しています。

 日本で女性管楽器奏者が増えた、そのひとつのきっかけになったのは、オランダ生まれのアルト・サックス奏者、キャンディ・ダルファーの人気でした。
 彼女の音楽性は、ジャズというより、ファンクというダンス・ミュージックよりのものですが、キャンディがコンサートをするところ、若い女性が群がり、なかにはサックスを手に彼女に教えを乞おうとする姿を1990年代からみかけました。

 彼女が、次のように語っています。
 「確かに近年、管楽器を演奏する女性がふえて、それはとてもいいことだと思います。ですが、プロとして活動を継続することの難しさは、別問題としてあります。体力的な強靭さとともに、精神的にしなやかで、かつ強いことが必要なうえ、独自性が求められるのは、女性じゃなくても、いつの時代も変わらないでしょう。わたし自身は新しい考え方をもった両親に育てられ、父ハンスもサックス奏者でしたから、サックスを演奏することに何の疑問をもちませんでした。
 でも、いざ1990年にアルバム・デビューする段になって、ジャケット用にわたしが望まないポーズをとらされたり、アコースティックなジャズを演奏する男性ミュージシャンから同等にみてもらえなかったという経験はあります。今は自分の好きな格好でステージに立ち、ジャケットにおさまり、好きな音楽を演奏し続けていますから、大変幸せですが」

 キャンディ・ダルファーが、女性ミュージシャン志望者に開けた扉には、きっと「あなたにもなれる」と書かれていたのでしょう。

 今後、女性演奏家がますます増えることが予想されますが、それは大変ヘルシーで、楽しみな傾向だと思います。

 音楽の推移として、二十一世紀初頭の音楽が、どのような状況にあるか、ふれておきましょう。

 ボーダーレスになった音楽的地平に立ったミュージシャンたちは、今度は、ボーダーカルな方向に動き始めました。通信、メディア、交通という三要素の進化がスピード・アップし、それに伴いグルーバル化した音楽。そこに、自分自身のアイデンティティをより強く取り入れようとしはじめたのです。

 振り子のように、反対に振れたのではなく、らせん状を描いて上昇しつつ進化しているイメージです。ある学者は、同じことを、グローバル+ローカルの造語で、グローカルと呼びました。
 全世界を同時に巻きこんでいく流れである“世界普遍化(グローバリゼーション)”と、地域の特色を考慮していく流れである“地域限定化(ローカリゼーション)”。簡単に説明しましたが、その二つの流れが同時にある状態を、グローカリゼーションというのです。

 たとえば、ジャズといえば素材はスタンダードか自作曲でしたが、多くのミュージシャンがジャンル不問で、自分が本当に好きな曲をジャズ化することをはじめています。

 それはロック・ナンバーだったり、日本の唱歌だったり、多種多様ですが、二十世紀と異なるのは、ウケを狙うより、「本当に好きなことをやる」傾向が強くなったことです。また「本当にその人らしいことをしている」とき、好評も受けやすいのですが、それは観賞する聴き手が成熟したからです。

 その例として、グラミー賞ばかりか、ブロードウェイ出身でエミー賞も受賞しているジャズ・シンガー、ディー・ディー・ブリッジウォーターの新作『レッド・アース』をあげることができます。これはディー・ディーが、アフリカのマリ共和国のミュージシャンと共演した作品です。

 彼女が国連食料農業機関の初の親善大使に任命され、アフリカ諸国の村々を訪れたとき、マリ共和国に深い懐かしさを感じたといいます。彼女に似た顔の人が多いマリを、彼女はきっと祖先の地にちがいないと信じたのです。そして、当地のミュージシャンを共演に迎え、重層的な打楽器群にのって歌いました。そこには、ジャズとマリの音楽は対等な立場にあり、一方が他方を“使う”“取りこむ”といったことはありません。ルーツをみつけた喜びが音楽にあふれ、それは聴き手にも伝わりくるものです。

 まず地球人でありつつ、自身のアイデンティティを、喜びをもってそこに加える。そういった音楽が、二十一世紀になって多く散見されるのです。

 そういった状況のなかで、女性ミュージシャンの役割は、今後も大きくなっていくでしょう。女たちは、これからもジャズを育てていくにちがいありません。ジャズがどのように発展するか、わたくしも皆さんと同じように、見つめていきたいと思っています。

参照文献
「ジャズの歴史 その誕生からフリー・ジャズまで」 フランク・ティロー[著] 中嶋恒雄[訳] (音楽之友社)
「ジャズ・ピアノの歴史」 ビリー・テイラー[著] 古屋直己[訳] (音楽之友社)
「教師用ガイド ジャズ・アット・リンカーン・センター」  ウィントン・マルサリス[監修] (非売品)
「ブルースの歴史」 ポール・オリヴァー[著] 米口胡[訳] (晶文社)
「新書で入門 ジャズの歴史」 相倉久人[著] (新潮社)
「月に願いを ビリー・ホリデイの生涯とその時代」 ドナルド・クラーク[著] 諸岡敏行[訳] (青土社)
「奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝」 油井正一、大橋巨泉[訳] (晶文社)
「チャーリー・パーカーの伝説」 R.G.ライズナー[著] (晶文社)
「セロニアス・モンク 沈黙のピアニズム」 ローランド・ウィルド[著] 水野雅司[訳] (音楽之友社)
「ジャズと生きる」 穐吉敏子[著] (岩波新書)
「NHK人間講座テキスト:私のジャズ物語〜ロング・イエロー・ロード」 穐吉敏子 (日本放送出版協会)

Early Jazz : Its Roots and Musical Development (The History of Jazz, Vol. 1) by Gunther A. Schuller (Oxford University Press)
The Swing Era : The Development of Jazz, 1930-1945 (The History of Jazz Series, Volume I) by Gunther Schuller (Oxford University Press)
Women in Jazz : A Discography of Instrumentalists By Jan Leder (Greenwood)
Bessie Smith By Jackie Kay (Absolute Press)
Lady Day : The Many Faces of Billie Holiday By Robert G. O'Meally (Arcade Publishing)
Billie Holiday By Stuart Nicholson (Northeastern University Press)
Ella Fitzgerald By Stuart Nicholson (Da Capo Press)

参照ウェブサイト
[The New York Times Archives] http://www.nytimes.com/
[Women in Jazz] http://www.fyicomminc.com/
[ROCK AND ROLL HALL OF FAME+MUSEUM]
http://www.rockhall.com/inductee/bessie-smith
[Answres.com] http://www.answers.com/
[Rutgers University Libraries Institute of Jazz Studies] http://newarkwww.rutgers.edu/ijs/
[The Red Hot Jazz Archive] http://www.redhotjazz.com/
[ビリー・ホリデイ公式ウェブサイト] http://www.cmgww.com/music/holiday/
[エラ・フィッツジェラルド公式ウェブサイト] http://www.ellafitzgerald.com/
[アリス・コルトレーン公式ウェブサイト] http://www.alicecoltrane.org/

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